クラシック音楽愛好家によるウィキペディア図書館活用法

この記事では、私が指揮者のウィキペディア記事を編集する際、どのようにウィキペディア図書館を活用しているかについて紹介します。「ウィキペディア図書館って便利そうだけど、どう使えばいいかわからないな」と思っているウィキペディア編集者や、ウィキペディア編集に興味のあるクラシック音楽愛好家、そして電子ジャーナルの活用に関心がある方のお役に立てば幸いです。

ウィキペディア図書館のフクロウ。
Wikimedia Commons [[File:Wikipedia Library owl.svg]] (Heatherawalls, CC-BY-SA 3.0)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Wikipedia_Library_owl.svg

ウィキペディア図書館について

ウィキペディア図書館とは、様々な電子ジャーナルへのアクセス権を提供するプラットフォームです。一定回数以上ウィキペディアを編集すると使用できるようになります。ウィキペディア図書館には、GaleJSTORE といった著名な電子ジャーナルが収録されており、2022年7月には、日本の情報処理学会も参画しています。

筆者の編集分野について

私は主に、ドイツやアメリカで活躍したクラシック音楽の指揮者についてのウィキペディア記事を編集しています。代表作は「アルトゥール・ニキシュ」「デジレ・デフォー」「エンリケ・ホルダ」などです。

活用方法1. Grove Music Online で基本的な構成を決定する

ここからは、ウィキペディア図書館の具体的な活用方法を紹介します。

指揮者についての記事を執筆する際、私はまず、ウィキペディア図書館に収録されている電子ジャーナル “Grove Music Online” に目を通します。”Grove Music Online” とは音楽に関する電子百科事典で、クラシック音楽に限らず様々な分野の音楽をカバーしています。

私がまず “Grove Music Online” に目を通す理由は、以下の2つです。

1つ目は、ウィキペディア記事に書くべき内容や、記事の基本的な構成の目安を確認できるからです。そもそもウィキペディアはフリーのインターネット百科事典です。そのため、書き方や構成など、既存の百科事典と共通するところも多いのです。

2つ目は、関連事項を網羅的に調べることができるからです。例えば、”Grove Music Online” の検索窓に “Mozart” というキーワードを入力して検索すると、モーツァルト本人の記事以外にも、モーツァルトと交流があった人物や、モーツァルトの名を冠した団体などの記事がヒットします。

アルトゥール・ニキシュ」という指揮者のウィキペディア記事を編集した際、これは大いに役立ちました。「アルトゥール・ニキシュに師事した」という記述がある音楽家の記事を一覧できたからです。このおかげで、ニキシュの記事の「教育活動」の節で、弟子を列挙することができました。

指揮者のアルトゥール・ニキシュ
Wikimedia Commons [[File:Nach Robert Sterl – Bildnis Arthur Nikisch (1910).jpg]] (CC0)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Nach_Robert_Sterl_-Bildnis_Arthur_Nikisch(1910).jpg

活用方法2. その他のデータベースで補足する

Grove Music Online は大変便利な資料です。しかし、それだけに頼ってはいけません。なぜなら、中立性を確保するためにも、ウィキペディアの記事は複数の資料に準拠しなくてはいけないからです(単一の出典しかない記事には「単一の出典」テンプレートが付与されます)。そこで、ウィキペディア図書館に収蔵されている別の電子ジャーナルの出番です。GALE, JSTOR, De Gryutter, ProQuest を使って、記事を肉付けしましょう。

補足1. GALE に収録された百科事典も参照する

まずは GALE を使ってみましょう。GALE とは、電子書籍や百科事典、新聞から手稿まで、様々な資料が収録されているデータベースです。ウィキペディア図書館から GALE にアクセスすると、下記の 6つの機能が表示されます。

  • ACADEMIC ONEFILE
  • BIOGRAPHY
  • GALE EBOOKS
  • GENERAL ONEFILE
  • NEWS
  • THE TIMES DIGITAL ARCHIVE

私が最初にアクセスするのは、GALE EBOOKS です。特に音楽家について調べる場合、GALE EBOOKS に収録されている “Baker’s Biographical Dictionary of Musicians” が非常に役に立ちます。”Grove Music Online” ほどの分量はないものの、頼れる音楽百科事典です。2種類の百科事典を用いて、記事の骨格を決めましょう。

補足2. JSTOR で演奏会のレビューが掲載された音楽雑誌を探す

次にアクセスするのは、JSTORです。JSTORは、人文科学、社会科学の学術雑誌を収録したデータベースです。

指揮者のウィキペディア記事を編集する場合、演奏会のレビューが掲載された音楽雑誌を探すのに役立ちます。例えば、「エンリケ・ホルダ」という指揮者の記事では、JSTORE に収録された音楽雑誌 “The “Musical Times” のレビューを用いて、「評価」節を加筆しました。

指揮者のエンリケ・ホルダ
Wikimedia Commons [[File:Programa del concert celebrat el 7 de juny de 1941. Conté nota biogràfica p. 2.jpg]] (CC0)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Programa_del_concert_celebrat_el_7_de_juny_de_1941._Conté_nota_biogràfica_p._2.jpg

補足3. De Gruyter で掘り出し物を見つける

De Gryutter にもアクセスしてみましょう。このデータベースにも、歴史や文学に関する様々な資料が収録されています。

De Gryutter を使うと、思わぬ掘り出し物が見つかる可能性があります。「デジレ・デフォー」という指揮者のウィキペディア記事を執筆した際は、De Gryutter の全文検索でヒットした作曲家モーリス・ラヴェルの伝記に驚かされました。まだヴァイオリン奏者としても活動していた頃のデフォーが、ラヴェルとやりとりをしていたという、全くもって予想外の情報が書かれていたからです。

デフォーについて調べる際、アメリカのオーケストラに関する資料や、ロンドンの音楽批評に目を通すことになるだろうなという予想はしていましたが、フランスの作曲家であるラヴェルの伝記を調べる必要があるとは全く思っていませんでした。主要な活動場所が異なるこの2人に交流があるとは夢想だにしなかったからです。人間のちっぽけな予想を軽々と超えてくる、全文検索の威力を痛感しました。

補足4. ProQuest で徹底的に調査する

徹底的に調査をしたい場合、ProQuest も使いましょう。特に、ProQuest に収録されているニューヨーク・タイムズのアーカイブは大変心強い味方です。ニューヨーク・タイムズに掲載された指揮者のインタビュー記事や死亡記事は、他の資料にはない詳細な情報が記載されていることも多いです。

例えば「デジレ・デフォー」のウィキペディア記事を執筆した時は、下記のインタビュー記事が役立ちました。百科事典や音楽雑誌のレビューには書かれていない戦争中の生活についてデフォー自身が語っていたため、生涯の節を詳しく書くことができました。

  • Parmenter, Ross (1940年9月22日). “STORY OF A FLIGHT FROM THE NAZIS: DESIRE DEFAUW TELLS OF HIS TRAVELS TO A REFUGE HERE CUBAN OPERA SEASON”. New York Times: p. X7

まとめ

これまで述べてきたとおり、クラシック音楽の指揮者の記事を編集する際、ウィキペディア図書館は大いに役立ちます。もちろん、それ以外の分野の記事を編集する時も、心強い味方となってくれることでしょう。今後、様々な分野のウィキペディア編集者たちが、ウィキペディア図書館の活用方法を紹介してくれるといいなと思っております。