図書館論とウィキペディア

この記事では、図書館について論じている日本語の書籍で、ウィキペディアに言及しているものをいくつか紹介します。ウィキペディアに興味のある方や、ウィキペディアと図書館との提携を模索している方のお役に立てば幸いです。

Wikimedia Commons [[File:University of Texas at Arlington Library, woman working at early version of computers (10003731).jpg]] (University of Texas at Arlington Photograph Collection, CC-BY 4.0) https://commons.wikimedia.org/wiki/File:University_of_Texas_at_Arlington_Library,woman_working_at_early_version_of_computers(10003731).jpg

調査対象の明示

冒頭で述べたとおり、この記事では「図書館について論じている日本語の書籍で、ウィキペディアに言及しているもの」を紹介します。具体的には、日本十進分類法「01 図書館、図書館学」に分類される書籍を取り上げます。もちろん、「002 知識、学問、学術」といった他の分類でも、ウィキペディアを取り上げた書籍は数多くありますが、この記事では対象としません。

また、当然ながら「01 図書館、図書館学」に分類される書籍全てを確認できているわけではないので、見落としているものも数多くあると思います。この記事で取り上げられていない重要な書籍等がございましたら、SNS や Diff のコメント欄などでご教示いただいけると幸いです。

ウィキペディアの基本的な情報を説明している書籍

この章では、ウィキペディアの基本的な情報を説明している書籍を紹介します。まずは『シリーズ学校図書館 第5巻 情報メディアの活用』から引用します。

ネットワーク、特にインターネットの発展により、不特定多数の人間による共同作業が可能となっている。オンライン百科事典として有名な Wikipedia (ウィキペディア)は、不特定多数の利用者がそれぞれ自分の得意な項目の執筆や修正を担当した結果、百科事典と呼ばれるにふさわしい膨大な数の項目を備えることができた。Wikipedia は Wiki というシステムを用いて作成されていることからその名が付けられているが、この Wiki は不特定多数の人間が協同して Web サイトを構築するために作られたシステムである。このようなシステムを利用することにより、個人やその集団がインターネット上で情報を提供・共有していくことが可能になった。このようなシステムもまだ発展途上であり、今後もさまざまなシステムの開発が期待されている。

全国学校図書館協議会「シリーズ学校図書館学」編集委員会 編『シリーズ学校図書館学 第5巻 情報メディアの活用』全国学校図書館協議会、2010年、17-18ページ。

全国学校図書館協議会「シリーズ学校図書館学」編集委員会 編『シリーズ学校図書館学 第5巻 情報メディアの活用』全国学校図書館協議会、2010年。

また、同書は、インターネット利用者からの情報発信が増大する「Web 2.0」の状況下において、メディアリテラシーの育成が重要な課題になると指摘し、ウィキペディアを例にあげています。

図書館がメディアセンターとして活用され、子どもたちが印刷物と同様にネット上の情報をも調べ学習に使う場合、ネット上の情報の信頼性は当然、問題になる。例えば、ネット上の百科事典であるウィキペディア (Wikipedia) の情報をどのように扱えばよいかということが問題になるのである。ウィキペディアは、多くの利用者が書き込むことによって作られているネット上の百科事典で、常に更新されていて、新しい情報も豊富に掲載されている。しかし、不正確な情報やバランスを欠く記述が載ることもありうる。学術研究の資料としてウィキペディアの記事を引用してよいか等、さまざまな議論がなされてきた。

こうしたことに関しても、メディアリテラシーの育成が重要な課題となる。利用者がある程度のメディアリテラシーを持ち、ネットに掲載された情報を批判的に吟味しつつ利用することが求められる。口コミサイトやウィキペディアについても、調べることの入り口としては、大いに活用されてよい。しかし、これらのサイトで調べたことを基に何かをしようとするのであれば、別の情報源に当たって裏付けをとることが必要となることが多いであろう。

前掲書、173-174ページ。

また、『メディア専門職養成シリーズ5 第二版 情報メディアの活用』という書籍では、ウィキペディアの簡単な歴史が紹介されています。

2000年3月、ジミー・ウェールズ (Jimmy Donal Wales, 1996-) という人物が、ローレンス・サンガー (Lawrence Mark Sanger, 1968-) とともに、オンライン百科事典形成プロジェクトを開始した。百科事典は、通常、専門家に執筆を依頼し、内容に誤りがないかを専門家が査読する。Nupedia と名づけられたこの百科事典は、質の高さを確保するため、こうしたプロセスをとっていた。しかしながら、査読は遅々として進まず、2人はついにプロジェクトを断念し、2001年1月、当時流布していたウィキ (wiki) の手法を用いて査読なしの百科事典をつくることに切り替えた。これがウィキペディア (Wikipedia) の始まりである。

山本順一、二村健監修『メディア専門職養成シリーズ5 第二版 情報メディアの活用』学文社、2010年、22ページ。

山本順一、二村健監修『メディア専門職養成シリーズ5 第二版 情報メディアの活用』学文社、2010年。

なお、同書でもWeb 2.0 が紹介されています。

ウィキやブログに共通しているものは何か。WWW 以降、インターネットの大衆化が進み、誰でも HP をもてるようになった。しかし、発信者と受信者の間は明確に線引きされていた。ところが、ウィキやブログは、この境界を取り払ったのである。不特定多数の人々が自由に編集の手を入れることにより、より理想的な形にコンテンツが仕上がっていく。誰もが受動的な情報受信者から能動的な情報発信者となれる道を開いたのである。これは、大衆化が一層進んだ「超」大衆化と呼んでもよい現象といえる。米国ではドット・コム・バブルがはじけた2000年以降、わが国では、2002年以降が時期的に符合している。この新しい変化の潮流をティム・オライリー (Tim O’Reilly) という人物が、2005年になって、Web 2.0 と呼んだことは周知のとおりである。Web 2.0 を象徴するものとして、ブログやウィキのほかにも、SNS、CGM、SBM などがあげられる。

Web 2.0 の重要な考え方に「集合知 (collective intelligence)」があるとよくいわれる。しかし「集合知」は「集合愚」ともなる可能性があると考えると、これは Web 2.0 の本質ではない。本質は「不特定多数の参加と協働」にある。「集合知」はその結果である。もう1つの本質として「コスト・ゼロ」をあげたい。インターネット上の多くの人々が少しずつボランティアでコンテンツの整備をおこなうことにより、コストをかけずに優れたものが提供できることをいう。

前掲書、22-23ページ。

ウィキペディアと図書館との提携について説明したもの

この章では、ウィキペディアと図書館との提携について説明した書籍を紹介します。まずは『挑戦する公共図書館 デジタル化が加速する世界の図書館とこれからの日本』より引用します。

フェイスブック、ツイッター、ラインなど SNS の社会への浸透のなかで、図書館としてもこれらの SNS をどのように活用するかが問われるようになりました。また、「大量デジタル処理の時代」や「リンクトオープンデータへの変換」など日々大量に生まれるデジタル情報を図書館でどのように扱えばよいのか、あるいは、大量のデジタル情報を相互に関連付け、より利用しやすくするためにどのようにリンクトオープンデータ化を進めるのかにも注目が集まっています。

さらに、図書館との関係はあまり強いとは言えなかったウェブ上の百科事典ウィキペディアとの連携も大切にされるようになっています。また、図書館が扱うデジタル情報の増大により、「ネットの中立性」や「デジタル時代のプライバシー法」など図書館が関係する新たな法律の議論が進められています。

長塚隆『挑戦する公共図書館 デジタル化が加速する世界の図書館とこれからの日本』日外アソシエーツ、2018年、18ページ。

長塚隆『挑戦する公共図書館 デジタル化が加速する世界の図書館とこれからの日本』日外アソシエーツ、2018年。

情報リテラシーのための図書館 日本の教育制度と図書館の改革』では、ウィキペディアをリテラシー教育のための教材として使用することについて論じられています。

ちょっと前だとウィキペディアは内容的ないかがわしさと利用にあたってのあまりの簡便性のために、学習用には使うべきではないという教育者も少なくなかった。そこには、よいものを苦労して学ばなければ身につかないという思想がある。今でも、このツールについて教育の場で触れるときには、誰でも内容構築に参加できるものであり、匿名の作り手によって協同構築されるものだから、使用については慎重さが要求されると付け加えるのが一般的であろう。

だが、アメリカ的な情報リテラシーの考え方ではこれは優れた教材になる。つくられる過程をきちんと理解して使えばよいということになる。

たとえば、ウィキペディアで情報リテラシーについて調べようとする。すると、項目名として「情報リテラシー」「インフォメーションリテラシー」がありえるし、「リテラシー」という表記と「リテラシ」という表記もある。両方が項目になり、それぞれが執筆者の考え方から独自に解説されることがありうる。また、これまで述べてきたように情報リテラシーに日本的な理解とアメリカ的な理解があるわけだが、どちらの立場で書くのか、双方の立場を理解した上で説明するのかといった問題もある。項目が書かれる過程でこれらの点は相互のやりとりがあって調整されながら、共通理解が表現されてどこかに落ち着くものと考えられるが、しかし、その途中の段階で参照すれば混乱することがありえよう。

アメリカ的な情報リテラシー理解ではこのようなことがあることを前提として、ここから自分なりの正しい情報の獲得の仕方を教示する。まず、ウィキペディアのつくられかたを学ばせ、これを全面的に信頼することはできないことを理解させる。探索プロセスとしては用語の選定について、同義語や類義語を試してみて、用語のコントロールができているかどうかをみる。また、利用・評価プロセスとしては別のツールや文献を参照して相互に比較するといったものである。

根本彰『情報リテラシーのための図書館 日本の教育制度と図書館の改革』みすず書房、2017年、56-57ページ。

根本彰『情報リテラシーのための図書館 日本の教育制度と図書館の改革』みすず書房、2017年。

また、同書はウィキペディアの参考文献システムを取り上げ、情報リテラシーを学ぶ教材としてウィキペディアが優れていると指摘します。

ウィキペディアには注や参考文献の一覧がついているのが普通であるが、これは評価プロセスにおいて重要な役割をする。つまり執筆者が何を参考にして書いているのかを示すだけでなく、文献を参照することでより確実な知識に近づくことが可能になるかもしれないからである。

参考文献の存在は、項目の知的な根拠を明確にするとともに、知的コンテンツの相互ネットワークの存在を示唆する。アメリカの情報リテラシーはこのように、内容に踏み込んで、情報や知識を獲得するための方法を伝える役割を果たす。参考文献や注は、ウィキペディアの書式に最初から組み込んであるから、仕組みそのものに、情報リテラシー的な要素が埋め込まれているとも言える。

(略)

ネット社会におけるコンテンツはいずれもその信頼性について留保がつけられている。受け手がそれを判断しながら利用していく他ない。ウィキペディアがネット社会における情報リテラシーを身につけるための教材として優れているのは、自らの信頼性に限界があることを前提として、それを確保するための仕掛けがほどこされているところに認められる。

前掲書、57-58ページ。

レファレンス業務の際のお役立ちツールとしてウィキペディアを捉える書籍もあります。一例として、『図書館サポートフォーラムシリーズ プロ司書の検索術 「本当に欲しかった情報」の見つけ方』から引用します。

文学作品の場合、初出に近い版を探したいことがあります。OPACで満足な結果が得られなかったら、軽やかに気分を変えてウィキペディアで調べてみましょう。

「太宰治」で検索すると、「きりぎりす」は雑誌『新潮』昭和15年11月号が初出で、翌年に実業之日本社から発行された『東京八景』に収録されたことが簡単にわかります。学術情報としては信頼しにくいウィキペディアも、こうした予備知識を得るのなら有用なのです。

入矢玲子『図書館サポートフォーラムシリーズ プロ司書の検索術 「本当に欲しかった情報」の見つけ方欲しかった情報」の見つけ方』日外アソシエーツ、2020年、74-75ページ。

ただし、この記述には注意が必要です。なぜなら、2023年2月現在、日本語版ウィキペディアの「太宰治」の項目における「きりぎりす」関連の記述には出典がないからです(参照した版は 2023年1月11日 (水) 04:49 (UTC) 版)。予備知識を得るためにウィキペディアを確認することは問題ないのですが、その記述に出典があるかどうかを確認するのは大変重要です。出典がある場合でも、実際にその出典を確認し、ウィキペディア上の記述に問題がないか確かめてください。ウィキペディア編集者のひとりとして、図書館関係者の皆様に強くお願いする次第です。

このほかにも、電子図書館構想の文脈で、図書館員によるウィキペディア編集を提案する書籍もあります。一例として、『ポストデジタル時代の公共図書館』より引用します。

電子図書館構想の側から見ると、公共図書館は地域におけるデモンストレーションの場程度の意義しかなく、理想の実現に向けては、その存在はほとんど視野に入っていなかったと言っていいだろう。一方、公共図書館の側から見ると、電子書籍や電子ジャーナルの利用にとどまらず、電子図書館的機能とは様々な接点がありえたように思われる。その典型がインターネット情報源の活用である。玉石混交と言われるインターネット情報であるが、各種政府統計データや調査リポートなど、有用な資料が豊富にあることは確かである。あてにならない代表のように挙げられる日本のウィキペディア情報も、むしろ図書館員が積極的に執筆に関与することで、その確度を上げていく方向もあったのではないだろうか。また、公共図書館が所在する地域の団体や諸活動に関するネット情報を収集・組織化・編集することにより、新たな地域の情報資源を創出することも可能だったはずである。しかし、現実には貴重書などの図書館蔵書の一部デジタル化によるデジタル「コレクション」が形成されただけで、それがデジタルライブラリーにつながることはなかった。その理由を探ってみることは、今後の公共図書館の在り方を考えるうえで役に立つかもしれない。

植村八潮、柳与志夫編『ポストデジタル時代の公共図書館』勉誠出版、2017年、174ページ。

植村八潮、柳与志夫編『ポストデジタル時代の公共図書館』勉誠出版、2017年。

まとめ

図書館について論じた日本語の書籍で、ウィキペディアの基本的な情報を紹介したものや、ウィキペディアと図書館の提携について様々な角度から考察したものを紹介しました。

調査対象の章でも述べたとおり、この記事が取り上げた書籍の分野は限られていますし、その限られた分野においても、深掘りは全くできていません。今後、図書館情報学に詳しい方や、各分野のプロフェッショナルが、ウィキペディアに関する言説史・学説史をまとめてくださると嬉しく思います。この記事がそのきっかけとなれば望外の喜びです。