レファレンスサービスに活用されるウィキペディア : 良い例と悪い例

この記事では、ウィキペディアを活用したレファレンスサービスを、ウィキペディア編集者の視点から分類・分析します。図書館関係者や、ウィキペディアの社会的活用に関心がある方のお役に立てば幸いです。

Wikimedia Commons [[File:Reading a book. (7184030422).jpg]] (Evgeniy Isaev, CC-BY 2.0) https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Reading_a_book._(7184030422).jpg

調査対象

レファレンスサービスとは「何らかの情報あるいは資料を求めている図書館利用者に対して、図書館員が仲介的立場から、求められている情報あるいは資料を提供ないし提示することによって援助すること」です(『図書館情報学用語辞典 第5版』より)。この記事では、レファレンス協同データベースに収録された、ウィキペディアを活用したレファレンス事例を分類・分析します。

良い例1 ウィキペディアがレファレンスブックとして活用される

レファレンスサービスにおいて、ウィキペディアがレファレンスブックとして使われることがあります。つまり、ある項目について詳しく書いてある資料をまとめた資料として活用するのです。ポイントは、ウィキペディアの記述を回答の根拠とするのではなく、あくまでウィキペディアに使われている参考文献に注目することです。

例えば、「(マールバラ公が発したとされる「私は子孫ではない。祖先となるのです」という言葉について)インターネットで簡単に調べてみましたが、この出典がわからないので、似たようなことが書かれている書籍があれば教えてほしいです」という質問に対する、福井県立図書館の回答プロセスは以下のとおりです。

日本語版ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%A9%E5%85%AC
(最終確認日:20210627)の参考文献を確認
・海保眞夫著『イギリスの大貴族』平凡社 1999.10
→p20-21に初代公爵の次女アン・チャーチルに関する記述があるが、探している記述はない。
・森護著 『英国の貴族 遅れてきた公爵』筑摩書房 2012.1
→p262-287に風雲児が一代で築いた=モールバラ公家という章があるが、探している記述はない。
・『英米史辞典』研究社、2000年
→p455-456に「モールバラ公」「モールバラ公妃」について記述があるが、エピソードに関するものはなし。

ウィキペディア編集者としても、苦労して集めた資料が他の人の役に立つのは嬉しいものです。余談ですが、私は指揮者についてのウィキペディア記事を書くとき、その指揮者の名前を国立国会図書館サーチに入力してもヒットしない文献をなんとか探し出し、参考文献として追加するよう努めています。自分が編集したウィキペディア記事が、国立国会図書館サーチを補強するレファレンスブックとなればいいなと思っています。

良い例2 ウィキペディアがレファレンス依頼のきっかけとなる

ウィキペディアがレファレンス依頼のきっかけとなることもあります。つまり「ウィキペディアにはこのように書いてあるが、実際のところはどうなのか」という依頼が生じるのです。例えば、以下のとおりです。

このような質問が生じるのは、ウィキペディアに無出典記述が存在するからです。出典が明記されていれば、そもそもこのような質問をせずにすみますからね。もちろん、レファレンスにおけるウィキペディアの使われ方としては全く問題ありませんが、実際に編集をしている人間としては、正直なところ忸怩たる思いです。

少し変わった事例も紹介しておきます。千葉県立中央図書館は「インターネットのフリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」では、「『ちいさいおうち』(The Little House)は長女ドギーのために描かれた。」と書かれているが、他の資料ではそのことが確認できなかった。『ちいさいおうち』は誰のために描いたのか」という質問に対して懇切丁寧なレファレンスをしているのですが、この回答がのちにウィキペディアの出典として追加されたのです。さらに、そのことがレファレンス協同データベースに追記されました。

(2021年12月追記)
「バージニア・リー・バートン」のページの当該記述は、「2015年12月28日 (月) 07:11時点における版」で「夫ドギー」に修正されている。
wikipedia「バージニア・リー・バートン」の版間の差分
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%8B%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3&diff=prev&oldid=58038457
(インターネットの最終アクセス:2021年12月14日)

なお、ウィキペディアの出典としてレファレンス協同データベースを利用することはふさわしいかについては、ウィキペディア編集者の間でも意見が割れると予想されます。少なくとも私個人は、ウィキペディアの出典には使用せず、レファレンス協同データベースが回答の根拠としている資料を出典として記載します(もちろん実際に確認した上で)。

良い例3 ウィキペディアの方針ページが紹介される

ウィキペディアの仕組みに関する質問に対し、ウィキペディアの各種方針ページを紹介する事例もあります。例えば牛久市立中央図書館は「ウィキペディアからの引用について書いてあるウェブページを知りたい」という質問に対して、下記のページを紹介しています。

個人的には「ウィキペディア編集者以外でウィキペディアの方針ページに目を通してくれる人がいるのか……!」と感動しました。

悪い例1 ウィキペディアの無出典記述を根拠として回答する

残念ながら、悪い例も散見されます。例えば豊中市立図書館は「ISBNのチェックデジットの計算方法を知りたい」という質問に対し「ウィキペディア「ISBN」によると、2007年以降ISBNが13桁になったことに伴って、チェックデジットの計算方法も変わっている」と回答しています。

ウィキペディアはあくまで「まとめサイト」にすぎません。そのため、基本的にはレファレンスの回答の根拠としないでください。もしウィキペディアの記述を活用したい場合は、前述のとおり、その記述の出典となっている資料を紹介してください。

それでは、このレファレンス事例で取り上げられたウィキペディアの記述の出典を確認してみましょう。まずは履歴ページを参照して、回答時にウィキペディアのどの版を確認したか特定します。事例作成日は2021年7月7日とあるので、下記の履歴ページを参照するに、回答時に確認したのは日本語版ウィキペディア [[ISBN]] の  2021年6月4日 (金) 01:18 (UTC) 版だと予想されます。

日本語版ウィキペディア [[ISBN]] 2022年11月7日 (月) 19:27‎ (UTC) 版の履歴。https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=ISBN&action=history

下記画像のとおり、たしかにこの版のウィキペディア記事の「チェックディジット(2007年以降)」の節には「現行規格のISBN (ISBN-13) のチェックディジットは、JANコードと同じく、「モジュラス10 ウェイト3・1(モジュラス10 ウェイト3)」という計算法にて算出される」という記述があります。しかし、残念ながら出典が示されていません。

日本語版ウィキペディア [[ISBN]]   2021年6月4日 (金) 01:18 (UTC) 版。出典が示されていない。https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=ISBN&oldid=83846636

そう、この事例では、ウィキペディアの無出典記述を根拠として回答が作成されていたのです。なお、今回はたまたまこの事例を取り上げましたが、他にもこのような回答は数多く存在したことを申し添えます。

悪い例2 参照したウィキペディアの版や言語を指定していない

ウィキペディアを参照する場合は、版を指定してください。なぜなら、ウィキペディアは誰でも編集可能なプロジェクトである以上、参照時に確認した内容が後日大きく変わっている可能性があるからです。

ウィキペディアは全ての編集が記録されており、「履歴表示」のボタンから履歴を確認することができます(詳しくは [[Help:履歴]] と [[Help:固定リンク]] をご覧ください)。サイトへのアクセス日を記載すれば版は指定できると思われるかもしれませんが、それでは不十分です。なぜなら、記事によっては1日に何度も編集されることもあるからです。

残念ながら、版指定ができていないレファレンス事例は、枚挙に暇がありません。記事前半で「良い例」として紹介した事例でも、版指定できていないものがほとんどです(アクセス日は記載されていますが、前述のとおりそれでは不十分です)。

また、版だけでなく言語版も明記する必要があります。例えば前述の「ISBNのチェックデジットの計算方法を知りたい」という事例の回答欄には「ウィキペディア「ISBN」によると」という文言が登場しますが、これだと英語版ウィキペディアの [[ISBN]] の記事を参照しているのか、日本語版ウィキペディアの [[ISBN]] の記事を参照しているのかわかりません。なお、参照したサイトのリンクが記載されていれば言語版の特定は可能ですが、残念ながらこの事例では記載されていませんでした。

悪い例3 「ウィキペディアを参照している」と書いてあるが……?

「レファレンス協同データベースの回答欄には『ウィキペディアを参照している』と書いてあるのに、実際にウィキペディアの記事を読んでみるとそのような記述は存在しない」という冷や汗が出る事例もあります。

例えば「チップの由来、本来の使われ方について。現在はサービス料としての意味合いだが、そもそものチップの発生に関する詳しい資料はあるか」という質問に対し、大阪府立中央図書館は以下のとおり回答しています。

Wikipedia( http://en.wikipedia.org/wiki/Main_Page )においてtipと検索すると、
tip( http://en.wikipedia.org/wiki/Tip )の項目で、語源(etymology)として説が挙げられており、それぞれの説に対する見解なども書かれています。参考までに紹介しておきます。

しかし、レファレンス担当者がアクセスしたと思われる、英語版ウィキペディア [[Tip]] 2006年5月25日 (木) 22:35 (UTC) 版も確認しても、”etymology” という単語は見当たりません(事例作成日は2006年3月18日ですが「照会先」欄を確認すると、2006年5月26日にウィキペディアにアクセスしたとあります)。また、”etymology” について説明したと思われる記述もありません。

英語版ウィキペディア [[Tip]] 2022年7月30日 (土) 19:25 (UTC) 版の履歴。https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Tip&action=history

念のため、もう少し調べてみましょう。レファレンス回答時に参照したと思われる英語版ウィキペディアの [[Tip]] の 2006年5月25日 (木) 22:35 (UTC) 版には、右上に “Look up tip in Wiktionary, the free dictionary.” と書かれたボックスが示されます。下記のスクリーンショットの赤枠で囲った部分です。これをクリックすると、ウィクショナリーのページに移動します。ウィクショナリーとは、ウィキメディア財団が運営する辞書プロジェクトで、ウィキペディアの姉妹プロジェクトの一つです。

英語版ウィキペディアの [[Tip]] 2006年5月25日 (木) 22:35 (UTC) 版。https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Tip&oldid=55151244

ウィクショナリーにアクセスしたところ、下記の写真のとおり “Etymology” という章がありました。

英語版ウィクショナリー [[tip]] 11:07, 14 February 2023‎  (UTC) https://en.wiktionary.org/wiki/tip

これにて一件落着。参照していたのはウィキペディアではなくウィクショナリーでした……と言いたいところですが、残念ながらそうはいきません。上記の画面はあくまで、この原稿を執筆している時点での最新版 11:07, 14 February 2023‎  (UTC) 版だからです(ウィキペディアの過去版に記載されたウィクショナリーのリンクにアクセスしても、ウィクショナリーの最新版が表示されるだけです)。そこで、アクセス日である 2006年5月26日時点での最新版  02:44, 6 May 2006‎ (UTC ) 版を確認してみましょう。

英語版ウィクショナリー [[tip]] 02:44, 6 May 2006‎ (UTC) 版。”etymology” という単語は見当たらない。 https://en.wiktionary.org/w/index.php?title=tip&oldid=1018113

残念ながら、この版のウィクショナリーに “Etymology” という単語は登場しません。なお、ウィクショナリーの [[Tip]] に “Etymology” という単語が初めて登場するのは 21:25, 27 August 2007 (UTC) 版で、ルーマニア語について説明した節に登場します。英語の節に初めて登場するのは 23:36, 8 August 2008‎ (UTC) 版です。

となると、考えられる可能性は以下の2つです。私としては後者の可能性の方が高いかと思いますが、確定はできません。

  • 「アクセス日」も、参照したページのリンクも正しい。つまり、2006年5月26日に英語版ウィキペディア [[Tip]] の 2006年5月25日 (木) 22:35 (UTC) 版にアクセスしたレファレンス担当者が、そこに書かれている内容は “etymology” について説明していると判断したのち、レファレンス協同データベースの回答欄に「語源(etymology)として説が挙げられており、それぞれの説に対する見解なども書かれています。参考までに紹介しておきます」と記載した。
  • 「アクセス日」と、参照したページのリンクが間違っている。つまり、ウィクショナリーに “etymology” という単語が登場した 2007年8月27日以降に、レファレンス協同データベースの回答をアップデートするため、レファレンス担当者が英語版ウィキペディア [[Tip]] を閲覧。その後、ウィキペディアのページに記載されていたウィクショナリーへのリンクにアクセスして “etymology” に関する記述があることを確認し、レファレンス協同データベースの回答欄に「語源(etymology)として説が挙げられており、それぞれの説に対する見解なども書かれています。参考までに紹介しておきます」と記載。しかしレファレンス協同データベースの「アクセス日」を更新せず、リンクもウィキペディアのものを記載してしまった。

まとめ

ウィキペディアがレファレンス業務に活用されること自体は、ウィキペディア編集者として大変嬉しいです。ただし、適切な使い方をしていただければと思います。

ウィキペディアはあくまで、信頼できる(と思われる)資料の内容をまとめた「まとめサイト」であり、それ自体を信用してはいけません。ウィキペディアの記述を活用したいと思った際は、その記述の出典を確認してください。

ウィキペディアの使い方には、リテラシーが問われます。市民のリテラシーを向上させるための機関である図書館で働く皆様におかれましては、適切な方法でウィキペディアを活用していただければと思います。我々ウィキペディア編集者も、みなさまのお役に立てるような記事を作成できるよう精進します。