2023年3月のウィキペディアを振り返る

ウィキペディアンの Eugene OrmandyTakenari Higuchi が、2023年3月のウィキペディアの動向を振り返るオンライン対談を行いました。なお、前月の対談は以下のとおり。

登場人物紹介

Eugene Ormandy

稲門ウィキペディアン会のメンバー。編集分野はクラシック音楽の演奏家、喫茶店など。2023年3月の印象に残った音楽は、ケミカル・ブラザーズのシングル “No Reason.”

Takenari Higuchi

早稲田Wikipedianサークルのメンバー。編集分野はイスラーム、歴史、ポップカルチャーなど。2023年3月の印象に残った音楽は、that same streetのEP “Electric Angel”

2023年3月の気になったニュース

Takenari Higuchi

3月は、ウィキペディアにおける大規模言語モデル (LLM) の活用に関する議論を追っていました。具体的には、英語版ウィキペディアの [[Wikipedia:Large language models]] およびその議論ページの動向を注視していました。

英語版の議論は、大まかに「ウィキペディア記事の執筆にLLMを活用すること自体は禁止しないが、レビュー制のもとで内容を確認する」「LLMを活用した場合、その旨を記載する」「問題はLLMの活用そのものではなく、LLMの利用により三大方針が守られないこと」という方向で落ち着きそうです。個人的には、LLMの活用自体は禁止しないという姿勢に驚きました。

なお、日本語版ウィキペディアでも、[[Wikipedia:信頼できる情報源]] の議論ページ「AIアルゴリズムが生成した文章の取り扱いについて」で、議論が行われています。

Eugene Ormandy

LLMが作成した記事の内容チェックは大変そうですね。少なくとも「出典として記載されている文献は実在するものか」「出典が実在するものであった場合、内容が適切に反映されているか」という2段階の確認が必要となりそうです。また、前者については「『国立国会図書館サーチ WorldCat でヒットしなかったから』という理由のみで、LLMが提示した文献を『実在しない』と判断してよいのか」という問題も内包していそうですね……。

Takenari Higuchi

今後の動向も要チェックです。

Eugene Ormandy

私が気になったニュースはいくつかあります。懸案事項に動きがあったという印象ですね。

まずは、ロシア政府が再びウィキメディア財団に罰金を課したというニュースです。2022年にもロシア政府は「ウクライナ侵攻に関するウィキペディア記事を削除しなかった」という理由でウィキメディア財団を訴えていますが、追求の手を緩めることはないようですね。

また、ウィキメディア財団が世界知的所有権機関への加盟を申請をするも、再び中国に却下されたというニュースも気になりました。ちょうど先月の対談で Takenari さんが紹介してくださいましたが、2022年にも同様のことが起きています。

コロンビアにおける判決も印象に残りました。ペレイラ市の前市長フアン・パブロ・ギャロがウィキメディア財団に対し、自身のウィキペディア記事の記述を削除し、他の人が編集できないようにするべしと主張したのですが、憲法裁判所がこれを認めませんでした。最初の2つとは異なり、これは比較的ポジティブなニュースですね。

ウィキペディアに直接関わる事例ではありませんが、インターネット・アーカイブとアメリカの出版社による裁判の動向も気になりましたね。これはインターネット・アーカイブが運営する電子図書館サービスにおける著作権について争ったもので、結局インターネット・アーカイブが一審で敗訴するのですが、個人的には以下のツイートが面白いなと思いました。

インターネット・アーカイブのツイート。ウェブアーカイブはこちら

“If the publishers win the lawsuit against our library, Wikipedians lose” とまで言うのか……とびっくりしました。もちろんインターネット・アーカイブが提供するサービスは、ウィキペディアの編集に非常に役立ちますし、ウィキメディア財団とインターネット・アーカイブの関係も良好なので、両者が協働すること自体に驚きはないんですけどね。

Takenari Higuchi

私の気になるニュースが「ウィキペディア内部」の動向に関するものである一方、Eugene さんが選んだニュースは全て「ウィキペディアの外」に関するものですよね。

Eugene Ormandy

そうですね。やはり私はウィキペディアの社会的立ち位置や、ウィキペディアをめぐる言論・世界情勢が気になります。

2022年3月の編集活動

Takenari Higuchi

3月は [[海辺のエトランゼ (映画)]] という記事を立項しました。ありがたいことに、良質な記事に選出されています。

Eugene Ormandy

おめでとうございます!執筆時に感じたことなどはありますか?

Takenari Higuchi

執筆のために雑誌資料を色々と集めたのですが、そこに書かれていた内容はほとんど、インターネット上の他の記事でカバーできてしまいました。初めての経験だったので驚きました。

Eugene Ormandy

なんとも複雑な気持ちになりますね……。

Takenari Higuchi

あと、日本語メディアには「批評」が少ないなとも感じました。これは良質な記事の選考でも指摘されたのですが、映画についての評価をまとめた節は、ほとんど英語メディアの批評記事を活用しているんです。

ないものねだりになると思いますが、日本発の映画なので外国人による評価が多いのはいいんですけどもう少し日本人による評価があればいいなと思いました。–PMmgwwmgmtwp’g(会話) 2023年3月20日 (月) 12:03 (UTC)[返信]

評価については、この作品は特にこれといった賞を取っている作品というわけでもなく、これ以上、日本人や日本語メディアからの評価を見つけるのは難しいという印象です。–Takenari Higuchi(会話) 2023年3月22日 (水) 07:54 (UTC)

良質な記事の選考におけるやりとり

ここのところ、日本語圏では「批評」が「悪口」として忌避される傾向があるのではと感じています。日本語の批評文化が衰退しないといいのですが。

Eugene Ormandy

批評文化が消えてしまうと、雑誌文化の衰退も加速するでしょうね……。

Takenari Higuchi

今後の動向を注視したいですね。ところで Eugene さんは、3月にどのような編集をしましたか。

Eugene Ormandy

細かい編集をいくつか行いました。

まずは、ウィキペディアの女性記事を充実させて、ジェンダーギャップの解消を目指すイベント WikiGap のオンライン版に参加し、[[アニー・フィッシャー]] という記事の出典付けをしました。なお、出典として活用した『ジョージ・セル 音楽の生涯』という書籍は、国立国会図書館サーチで「アニー・フィッシャー」と検索してもヒットしません。「ウィキペディアを編集して国立国会図書館サーチを補強する」という、私の目標の1つを達成できたのでよかったです。

また、「日本経済新聞の記事を毎日1つピックアップして、ウィキペディア記事の参考文献として活用する」というマラソン企画をスタートさせました。これはまだ手探りの段階ですが、とりあえず「文化面・国際面の記事は使いやすい」というノウハウを得ました。なお、この模様はウィキメディアコミュニティ・ブログである Diff でまとめています。

あと、早稲田Wikipedianサークルのメンバーとともに雑誌専門図書館の大宅壮一文庫を見学したので、その際に大宅壮一文庫の雑誌記事を用いて、むかし作成した名曲喫茶の記事を加筆しました。

Takenari Higuchi

むかし書いたウィキペディア記事をブラッシュアップするのって大事ですよね。

Eugene Ormandy

ウィキペディアはいつでも編集が可能なメディアですからね。なお、見学会と加筆の模様は、下記の Diff 記事にまとめています。

3月には、他にもいくつか Diff 記事を書きました。

2022年3月の気になった記事

Takenari Higuchi

3月の気になった記事は、なんといっても英語版ウィキペディアで良質な記事に選出された [[Knowledge]] です。これだけ大きなテーマの記事となると、構成や「何を書かないか」を決めるのが大変難しいのですが、この記事は見事にクリアしていますね。

Eugene Ormandy

私が気になった記事は [[東京フィルハーモニー会]] ですね。過去に存在したオーケストラの記事なのですが、スポンサー事情なども知ることができ、クラシック音楽好きとしては大変興味深いです。

なお、この記事を立項したウィキペディアンの Wadakuramon さんは、ご自身が運営している『「70歳のウィキペディアン」のブログ』の「Wikipedia執筆記事の記録:2023年3月」という記事で、執筆の経緯をまとめています。ウィキペディア記事が作成された経緯やモチベーションがまとめられた資料はあまりないので貴重ですね。

ちなみに、Wadakuramon さんの月例記録シリーズは、我々の月例対談に影響を受けて始まったんですよ!

Takenari Higuchi

嬉しいですね!

まとめ

今月も楽しい対談でした。このシリーズの裏テーマである(と Eugene Ormandyが思っている)「批評」も徐々に浮き彫りになってきました。