ウィキペディアンの読書記録第2弾。今回取り上げるのは田子環「ウィキペディアのジェンダーギャップを埋める「#WikiGap」」です。
書誌情報
- 田子環「ウィキペディアのジェンダーギャップを埋める「#WikiGap」」『LRG Library Resource Guide ライブラリー・リソース・ガイド』第40号、アカデミック・リソース・ガイド(arg)、2022年8月14日、85-91頁。
なお、この論考は以下の論文を改稿したものです。
- 田子環「WikiGap ウィキペディアのジェンダーギャップを埋める活動」『図書館評論』第62号、図書館問題研究会、2021年12月15日、49-53頁。
内容要約
この論考は「0 はじめに」「1 ウィキペディアについて」「2 WikiGapについて」という3章から構成されます。
0 はじめに
著者はまず「ウィキペディアの基礎知識、図書館や司書とウィキペディアの関わりについてふれてから、 WikiGap (ウィキペディアにおけるジェンダーギャップを解消する活動)について紹介する」と宣言し、「図書館や司書が、その専門性を生かして貢献できる一例として知っていただければ幸いである」と述べます。
1 ウィキペディアについて
1-1 ウィキペディアの基礎知識
「誰でも編集できるフリー百科事典」であるウィキペディアの記事数や運営体制、利用者数といった基本情報を説明したのち、著者は「ウィキペディアの記事は玉石混交だが、記事の仕組みや読み方を知っていれば、信頼できる記事かどうかはある程度判断できる。ウィキペディアの記事の執筆にはルールがあり、なかでも、独自研究は載せない・中立的な観点・検証可能性という三大方針がある。ルールに沿って書かれているか、出典が明示されているか等をチェックすることで、記事の信頼性を見極められる」と述べます。
1-2 ウィキペディアと図書館、司書
著者は、ウィキペディアに信頼できる資料を追加するうえで、図書館等の資料や司書のサポートは非常に有効だと指摘し、「司書自身が情報の専門家として、ウィキペディアに関する知識や、記事を執筆したり加筆修正したりできる知識を身につけ、まわりの人に伝え、ウィキペディアのよき読み手、書き手を増やすことができれば理想的だ」と述べます。また、図書館とウィキペディアが協働した事例として、郷土資料を活用したウィキペディアタウン、文学に関する記事を編集したWikipediaブンガクなどを紹介します。
2 WikiGapについて
2-1 スウェーデン発のムーブメント
WikiGapとは、フェミニズムに基づいた外交政策を掲げるスウェーデンが2017年に開始したウィキペディア編集プロジェクトで、ウィキペディアにおける女性記事の充実を目的としています。世界各地で実施されており、日本でも2019年から2020年にかけて、スウェーデン大使館主導のイベントが行われました。なお、後述しますが、2020年にプロジェクトが終了した後も、著者を含む有志が WikiGap イベントを開催しています。
2-2 どんなギャップがあるか
著者は WikiGap の背景事情として、ウィキペディアにおける女性執筆者や女性記事の数が少ないことを指摘し、「ウィキペディア執筆者に占める女性の割合は16%程度」と推定した Benjamin Mako Hill と Aaron Shaw による調査や、「日本語版ウィキペディアの人物記事に占める女性記事の割合は20.776%(2022年1月24日時点)」であると示す Wikidata Human Gender Indicators のデータを紹介します。また、シェイクスピア研究者で、ベテランウィキペディアンでもある北村紗衣さんによる「歴史上の女性や、女性が使うようなもの、女性のファンが多いコンテンツなどについては記事が充実しておらず、項目があっても削除依頼にかけられやすい」というコメントも併せて紹介しています。
2-3 WikiGap以前の取り組み
WikiGap 以前にもジェンダーギャップの改善を目的としたイベントはありました。この論考では、芸術分野の記事を編集する「アート+フェミニズム」や、著者も運営に携わった神奈川県立図書館の「ひなまつりWikipedia 女性×かながわ」が紹介されています。
2-4 日本でのWikiGap
2019年に東京のスウェーデン大使館で開催された「WikiGapエディタソン 2019 in 東京」を皮切りに、全国各地で WikiGap が開催されるようになったのですが、スウェーデン大使館が主導するイベントとしての WikiGap は2020年の「WikiGap2020 Final」をもって終了しました。
しかし、ウィキペディアにおけるジェンダーギャップの解消を目指す利用者たちは、その後も自主的にイベントを開催します。2022年の3月には、著者を含む有志によって「WikiGap オンライン2022」が開催されたほか、「WikiGapオンライン2022初心者向けミーティング」も開催され、著者が Zoom で講師を務めました。前者については、同時期に開催された執筆キャンペーン「ウクライナの文化外交月間2022」と併せて参加したウィキペディアンもおり、ウクライナの女性に関するウィキペディア記事がいくつか作成されました。
著者は最後に「オンラインでのWikiGapイベントも楽しいが、司書としては、図書館の資料を存分に活用したエディタソンを対面形式でやりたい、というのが本音である」と述べ、論考を終えます。
感想
日本語圏における WikiGap の動向を知ることができる、貴重なアーカイブだと感じました。特に「ハッシュタグ #WikiGap によって、趣旨に賛同する人たちがつながりやすくなったと感じる」「対面イベントに比べると、オンラインでは制約が多く、特にウィキペディアの編集初心者にとってはハードルが高くなり、裾野を広げる意味では決して理想的な開催形態ではない。それでも、せっかく生まれて根付きつつあるWikiGapという活動を絶やさないために、できることを続けていきたいと考えて企画したイベントである」といった、当事者としての体験談が記されている点が素晴らしいと思います。
また、ウィキペディアの三大方針などの基礎情報も紹介しており、ウィキペディアに慣れていない方にとっても読みやすい論考となっていると思います。
ただし、もう少し補足してほしいなと感じた点もありました。例えば、著者が神奈川県立図書館などでイベントを開催・支援するにあたり、どのような準備・交渉を行ったかが気になりました。たしかに、この論考が収録された雑誌『LRG Library Resource Guide ライブラリー・リソース・ガイド』の読者層と予想される図書館関係者にとっては、わざわざ記さなくてもわかることなのかもしれません。しかし、「図書館でのウィキペディアイベントの開催・支援に興味があるが、どのように実現すればよいかわからない」という図書館外部のウィキペディアンにとっては、かなり興味のある点ではないかと思います。
余談ですが、私は早稲田大学に在学していた頃、ウィキペディアイベントを開催させてほしいと大学図書館にかけあったことがあるのですが、残念ながら断られてしまいました。この時に具体的な交渉方法を知っていれば、実現できたかもしれないなと今でも悔しく思っています。なお、この時の経緯は以下の記事にまとめているので、興味があればご覧ください。
論考に話を戻します。紙幅の都合もあるのかと思うですが、出典についてはもう少し厳密に表記したほうがいいかなと感じました。例えば、この論考でウィキペディア記事を出典として活用した際、脚注欄には「https://ja.wikipedia.org/wiki/メインページ」などと記されているのですが(脚注2)、ウィキペディア記事を出典として活用する際は「20xx年x月x日 10:00 (UTC) 版」といった版指定を行うのが好ましいとされています。ウィキペディアはいつでも編集可能なメディアである以上、出典として参照した時から内容が変わる可能性もありますからね。この論考の脚注欄には「URLの最終アクセス日は2022年1月30日」とあるので、参照した版を推定することは可能ですが、2022年1月30日にそのページが何度も編集されていた場合、版を特定することはできません。なお、版指定の方法などは [[Wikipedia:ウィキペディアを引用する]] にまとまっています(本稿執筆時に参照したのは 2023年3月29日 (水) 04:41 (UTC) 版)。
また、こちらも恐らく紙幅の都合による短縮かと思いますが、脚注15のようにレポジトリに収蔵された論文を参照する際は、URL のみではなく、書誌情報も記載したほうがよいかと思いました。
なお、脚注16で示された Wikidata Human Gender Indicators のリンク https://whgi.wmflabs.org/ については、本稿を執筆している 2023年4月時点で「502 Bad Gateway」と表示されました。この論考の元となった、『図書館評論」62号に投稿された論文「WikiGap ウィキペディアのジェンダーギャップを埋める活動」を確認したところ、当該リンクは https://whgi.wmflabs.org/gender-by-languages.html と記されていましたが、こちらも「502 Bad Gateway」と表示されました。というのも、ウィキデータを活用したジェンダーギャップの測定プロジェクト Wikidata Human Gender Indicators は Humaniki というプロジェクトに移管したからです。なお、このプロジェクトはウィキメディアコミュニティから高い評価を受けており、2021年の Coolest Tool Award を受賞しています (Diversity 部門)。
まとめ
繰り返しになりますが、日本における WikiGap の動向を知ることができるとても良い論考だと思いました。背景事情の説明もなされており、図書館関係者、ウィキペディアン、ジェンダー平等に関心のある方など、様々な方が楽しめると思います。ぜひご覧ください。
なお、日本における WikiGap の動向は [[Wikipedia:オフラインミーティング/WikiGapイベント]] でもまとめられています。田子さんの論考が執筆された後に開催された WikiGap についてもまとめられているので、興味のある方はこちらも是非どうぞ。
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