よく知らない映画監督に関するウィキペディア記事を堂々と編集する方法 : 第9回ウィキペディアブンガク体験記

2023年4月23日に、神奈川近代文学館神奈川県立図書館で開催された「ウィキペディアブンガク 9 小津安二郎」に参加しました。このイベントは、神奈川近代文学館の特別展「生誕120年 没後60年 小津安二郎展」を観たのち、神奈川県立図書館の資料を活用して小津に関するウィキペディア記事を編集しようというものです。

本稿は、小津のことをほとんど知らないウィキペディアン Eugene Ormandy による、イベント体験記です。「よく知らないトピックに関するウィキペディア記事を堂々と編集する方法」について、一例を示せればと思います。ウィキペディアイベントに興味のある方や、執筆方法に悩むウィキペディアンのお役に立てば幸いです。

小津安二郎。Wikimedia Commons [[File:Yasujiro Ozu cropped.jpg]] CC0 https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Yasujiro_Ozu_cropped.jpg

予習はしない

私は滅多に映画を観ない人間です。小津安二郎についても、名前は知っていますが、作品は一作も観たことがありません。

今回のイベントのために何作か観ておこうかしらとも思いましたが、あえて予習はしませんでした。というのも、このイベントにおける自分のテーマを「予備知識が全くない状態でウィキペディアを適切に編集する方法を探る」としたからです。

[[Wikipedia:信頼できる情報源]] というガイドラインにあるように、ウィキペディアは信頼できる情報源を適切にまとめた百科事典です。これは裏を返せば、予備知識がなくても、信頼できる情報源を適切にまとめさえすれば、ウィキペディアは編集できるということでもあります。

今回のイベントでは、小津に関する情報をインプットするのは当日のみとし、その状態で何ができるかを探ることにします。

ただし作戦は立てる

予習はしませんが、作戦は立てます。具体的には「何には手を出さないか」を事前に決めておきます。

まず真っ先に決めたのは「 [[小津安二郎]] というウィキペディア記事には絶対に手を出さない」ということ。既に内容が充実しているからでもありますが(参照した版は 2023年4月16日 (日) 10:57‎  (UTC) 版)、そもそもこのような「書くべきことが大量にある / 何を書かないかの判断が重要であるトピック」については、知識のあるウィキペディアンが伝記などを用いて体系的に編集するべきだと私は考えています。少なくとも、全く予備知識のない私が、イベントの時間内にどうこうできる代物ではありません。

次に決めたのは「新規立項はしない」ということ。ウィキペディアは新しく記事を立項することも可能ですが、既存の記事に加筆をすることもできます。私はどちらも経験したことがありますが、基本的には加筆の方が楽です。そのため、予備知識がない状態で、イベントの限られた時間内に有意な編集をすることを目標とした場合、加筆の方が実現可能性が高いと判断しました。

なお、当日ふらっと来て、あっという間に新しい記事を立項してしまう猛者もいますが、私はそのレベルには達していないので、真似はしません。私のモットーは「できないことはやりません」です。

神奈川近代文学館

いよいよ本番当日。まずは神奈川近代文学館へ向かいます。何度か訪れたことがありますが、いつ来ても素敵な雰囲気ですね。

神奈川近代文学館。Wikimedia Commons [[File:Kanagawa Museum of Modern Literature April 23, 2023.jpg]] (Eugene Ormandy, CC-BY-SA 4.0) https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Kanagawa_Museum_of_Modern_Literature_April_23,_2023.jpg

イベントの流れについて説明

まずは神奈川近代文学館の会議室にて、主催の Araisyohei さん、田子環さんからイベントの流れについて説明がありました。午前は神奈川近代文学館で展示を観て、午後は神奈川県立図書館で資料を活用しながらウィキペディアを編集するという流れです。

ギャラリートーク

続いて、神奈川近代文学館の職員の方がレクチャーを行いました。レクチャーでは、展示の構成に加え、初期の小津映画のポスターや、小津が友人らに送った手紙、日記や脚本などを紹介していただきました。ウィキペディアは二次資料に準拠する百科事典である以上、一次資料に基づいたレクチャーの内容を直接反映することはできませんが、小津の人物像をイメージするうえで、非常に役立ちました。

見学

レクチャーののち、実際の展示を観ました。具体的な構成は以下のとおりです。

世界のOZU

小津は海外でも評価の高い映画監督です。このエリアでは、海外で小津映画が公開された時のポスターなどが展示されていました。

活動映画へのあこがれ

このエリアでは、小津の幼少期が紹介されていました。神楽座という地元の映画館で様々な映画を観たという説明に続き、むかし観た映画について小津がコメントしている本が紹介されてました。

しめた!と思いました。なぜなら、ウィキペディア編集の方向性が見えたからです。その方向性とは「小津による映画評を探し出し、批評対象となっている映画のウィキペディア記事に、小津の批評を追記する」というもの。世界的に評価の高い映画監督である小津安二郎による評価であれば、ウィキペディアに掲載する価値も十分にあるでしょう。また、これは個人的な感触ですが、日本語版ウィキペディアの記事で、評価節が充実しているものは少数です。そのため、他の批評とバッティングする可能性も低いと予想されます。

作業の難易度もかなり低いはずです。基本的には、小津のコメントを正確に書き起こした上で「小津は本作について『〜』と評している」と修正すればいいだけですからね。予備知識が全くない人間にとってはちょうど良い難易度です。

映画の世界へ

このエリアでは、映画界に入ってからの小津が紹介されていました。公開時のパンフレットも展示されており、当時の雰囲気を窺い知ることができました。

小津安二郎の戦争

このエリアでは、戦争期の小津が紹介されていました。日記も展示されており、当時の状況を知ることができました。日記には「まるで映画『〜』のようだ」という趣旨の記述も。日記が書籍化されていれば、上述の映画評として活用することができるかもしれません。

芸術のことは自分に

最後のエリアでは、戦後から晩年にかけての小津が紹介されていました。「なんでもないことは流行に従う 重大なことは道徳に従う 芸術のことは自分に従う」という有名な発言を見ながら「ウィキペディアンの場合『なんでもない(特筆性がない)ことは手を出さない 重大なことは二次資料に従う 芸術(独自研究)のことは手を出さない』となるのかしら……」と馬鹿げたことを考えていました。

休憩

12時ごろに解散し、各自昼食。参加者の方々とおろしそばを食べながら、図書館やプロレスの話をしました。

神奈川県立図書館

13時30分ごろ、神奈川県立図書館本館4階の作業スペースに再集合。2022年に開館した新しい棟です。

神奈川県立図書館本館の看板。 Wikimedia Commons [[File:Kanagawa Prefectural Library Main Building April 23, 2023.jpg]] (Eugene Ormandy, CC-BY-SA 4.0) https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Kanagawa_Prefectural_Library_Main_Building_April_23,_2023.jpg

レクチャー

各自が自己紹介を行ったのち、Araisyohei さんがウィキペディアの決まりごとを解説。クリエイティブ・コモンズ・ライセンスや、ウィキペディアの三大方針(検証可能性中立的な観点独自研究は載せない)が紹介されました。また、図書館職員の方が、ブックトラックに集めてくださった資料や、神奈川県関係記事・文献情報というサービスを説明してくださいました。神奈川県関係記事・文献情報とは、神奈川県立図書館が所蔵する新聞・雑誌・図書に含まれる、神奈川に関する記事・文献を探すことができるデータベースです。今回は時間の都合上活用できませんでしたが、いつかじっくりと使いたいと思います。

ウィキペディアの三大方針。Wikimedia Commons [[File:Japanese Policy.svg]] (Ocdp, CC0 1.0) https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Japanese_Policy.svg

編集

レクチャーののち、「[[小津安二郎]] の記事を編集するグループ」「[[茅ヶ崎館]] の記事を編集するグループ」「 [[松竹大船撮影所]] の記事を編集するグループ」の3班に分かれ、編集を開始。前述のとおり、私は小津が評価した映画の記事を加筆すると決めていたので、松竹大船撮影所グループのテーブルで、ひたすら自分の作業をしていました。自分がイベントを主催・補助するときは、初心者に編集方法を教えたり、ミスを修正したり、質問に応じたりと大忙しなのですが、今回は運営メンバーではないうえ、ウィキペディアの編集に慣れている方も何人かいたため、自分のタスクに集中することができました。

筆者が初心者サポートをしたイベントの一例。

気づいたら終了時間に。なんとか以下の5記事を加筆することができました。

今回は図書館職員のみなさんが用意してくださった本の中から、小津の発言集や日記をピックアップし、編集に活用しました。具体的には、索引等を活用して批評に関する記述を探し出し、ウィキペディアに追記しました(結局時間内に活用できたのは1冊のみでした)。イベントのために参考文献を用意してくださるのは本当にありがたいことでです。感謝申し上げます。

ふりかえり

最後に、参加者たちが本日の成果を発表しました。いろいろなお話が聞けて興味深かったです。1つのトピックを深掘りするために複数の資料を活用する方もいれば、私のような1つの資料を色々な記事に活用するウィキペディアンもいました。また、「このトピックが好きだから、編集したい」というモチベーションの方もいれば、「会場に来てからトピックを決めた」「トピックにこだわりはなく、『ウィキペディアに加筆できるもの』を探した」という方もいました。なお、あえて予習をしなかったという方が私以外にも何名かいらっしゃいました。

他の人と一緒にウィキペディアを編集すると、今まで気づかなかった自分の癖や考え方が浮き彫りになるので勉強になりますね。今後もイベントには定期的に参加したいなと思います。

まとめ

予備知識がないトピックのウィキペディア記事を、イベントの時間内で編集した経験をまとめてみました。個人的には、ウィキペディアイベントを開催したいと思っている方に、この記事が役立つと嬉しいなと思っています。予習をしておらず、知識もあまりない状態イベントの参加者(それが普通だと私は思います)に、いかに時間内に有意な編集をしてもらうか、そしてそのために主催者は何を準備すればいいのかについて、1つの回答例を提示することができていれば幸いです。

最後に、イベントを運営してくださった皆様、ご協力いただいた皆様、参加者の皆様に、心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

参考

よく知らないトピックに関するウィキペディア記事の編集に興味がある方は、ぜひ「馴染みのない事物についてのウィキペディア記事を堂々と作成する方法」もご覧ください。この記事では、全く知らないトピック(マレーシアの山)についての記事を新規立項した際の調査方法等をまとめています。

また、名著『読んでいない本について堂々と語る方法』も強くお勧めします。私のウィキペディア観は、この本によって形成されました。