東京23区の公共図書館をウィキペディアの編集に活用する #7 荒川区立汐入図書サービスステーション

東京23区の公共図書館をウィキペディアの編集に活用するシリーズ第7弾。今回は荒川区立汐入図書サービスステーションを訪問しました。

執筆にあたって

図書館の意義が問われる時代です。出版不況が続き、オープンアクセス化が推進され、人工知能が台頭する現代において、図書館はどのような存在であるべきなのでしょうか。

それを探るためには、図書館の活用記録、すなわち「図書館のおかげでこんなことができた」という記録が、様々な観点から作成される必要があると私は考えています。未来を描くためには過去を知る必要がありますし、過去を知るためには資料が必要だからです。

そのような思いで「東京都の公共図書館をウィキペディアの編集に活用する」シリーズを立ち上げました。このシリーズでは、私 Eugene Ormandy が東京23区の様々な公共図書館を訪問し、その資料を活用してウィキペディアを編集する模様を、ウィキメディア財団のブログ Diff にまとめます。

本シリーズが、図書館の意義や未来を探るための参考資料となれば幸いです。

調査方針

図書館を訪問する前に、その土地に関するウィキペディア記事数本に目を通し、図書館資料を用いて加筆修正できそうな箇所の目星をつけます。また、図書館を訪問した際は、その箇所をレファレンスカウンターで示し、役立ちそうな資料を教えていただくこととします。

事前準備

今回は荒川区立汐入図書サービスステーションを訪問することにしました。汐入図書サービスステーションは南千住図書館の分室で、絵本や実用書、小説が主体の小規模な図書館です。訪問に際し、事前に下記のウィキペディア記事に目を通しました。

正直なところ「これなら編集できそう」という記事はありませんでした。また、汐入図書サービスステーションに郷土資料があるかも不安なので、編集する記事は決めずに出たとこ勝負をすることに。まあなんとかなるでしょう。

図書館訪問

南千住図書館から20分ほど歩いて汐入図書サービスステーションへ。商業施設の中にある、小さな図書館です。他の荒川区の図書館同様、入口には吉村昭のコーナーがありました。

汐入図書サービスステーション。Wikimedia Commons [[File:Shioiri Book Service Station, Tokyo.jpg]] (Eugene Ormandy, CC-BY-SA 4.0) https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Shioiri_Book_Service_Station,_Tokyo.jpg

先述のとおり、汐入図書サービスステーションが所蔵する資料は、絵本や実用書、小説が主であるであるため、私が愛するプロレス本はありませんでした。また、郷土資料コーナーもなさそうでした(私の目が節穴だったことは後ほど判明します)。

絵本や実用書、小説は、ウィキペディアの出典としてはあまり相応しくありません。では、どうすれば汐入図書サービスステーションをウィキペディアの編集に活用できるか……。

まず考えたのは、雑誌を活用することでした。汐入図書サービスステーションにも『散歩の達人』『おとなの週末』『アンド プレミアム』といった雑誌は所蔵されていたので、これらの中から著名な飲食店に関する記述をピックアップし、既存のウィキペディア記事に加筆しようと考えました。

私は [[どん底 (飲食店)]] や [[名曲喫茶クラシック]] といった記事を立項しているので、飲食店記事を執筆するノウハウはある程度身についていますし、何より私は雑誌専門図書館の大宅壮一文庫でイベントを開催した経験があるウィキペディアン。雑誌をウィキペディアに活用する方法についても、ある程度自信があります。かかってきやがれ!

……お察しのとおり、うまくいきませんでした。「有名そうな飲食店を雑誌記事で見つける→その飲食店のウィキペディア記事が作成されているか調べる→作成されていないので編集を諦める(雑誌記事1本のみで記事を立項するのは危険)」というサイクルを何度も繰り返し、いたずらに時間を消費しました。「何について調べているのか」が明確な状態で調査をする場合、雑誌記事は大変役に立ちますが(それは [[名曲喫茶クラシック]] をはじめとする名曲喫茶記事を執筆したときに実感しました)、「何か良いネタがあるといいな」というアバウトな状態では、雑誌記事はあまり役立たないとわかりました。

余談ですが、ウィキペディア仲間との雑談で「大宅壮一文庫はウィキペディアの編集にめちゃくちゃ役立つけど、ある程度執筆に慣れたウィキペディアンじゃないと使いこなせないよね」と話したことがあります。「雑」多な記事の中から、ウィキペディアに立項できるネタを探し出すセンスはもちろんのこと、断片的な(「雑」な)情報しか掲載されていないことが多い雑誌記事を、いかにウィキペディアの一つの記事に組み込むか決定する構成力が求められるからです。

なお、私が大宅壮一文庫をウィキペディアに活用した時の方法については「雑誌専門図書館の大宅壮一文庫をウィキペディア記事の編集に活用する」という記事にまとめたので、興味があればご覧ください。また、早稲田Wikipedianサークルの Uraniwa さんが、記事の「枝葉」を充実させるために大宅壮一文庫を活用した事例について語った「各種データベースをウィキペディアの編集に活用する」というインタビュー記事も併せてどうぞ。

話がそれました。「雑誌を活用することは難しい」と判断し、改めて本棚を見渡すと、なんと見慣れた『荒川区史』が!当初「郷土資料はなさそう」と判断した自分の観察力の低さが嫌になります。

そこで、汐入公園についての記述を探したのですが、新しくできた公園なので区史には記述がありませんでした。レファレンスカウンターの方にも「汐入公園について記載がある資料はないでしょうか」と質問したのですが、見当たらないとの回答。

どうやら郷土記事を加筆するのも難しそうです。こうなったら棚にある本を一つ一つ確認して、ウィキペディアに使えそうなものを探し出すしかありません。気合いだ!気合いだ!気合いだ!

我が心の師であるプロレスラーのアニマル浜口。「気合いだ!気合いだ!気合いだ!」が決め台詞。Wikimedia Commons [[File:Hamaguchi Heigo, Japanese professional wrestler.jpg]] (椎林 隆夫, CC-BY-SA 3.0) https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Hamaguchi_Heigo,_Japanese_professional_wrestler.jpg

なんとか『平成遺産』というエッセイ集を見つけ出し、同書に収録された川添愛「情報技術とAIから、ゆるく平成を振り返る」を活用して、ウィキペディア記事 [[マイクロコンピュータ]] を加筆。編集の差分は下記のとおりです。文学の棚にこのような書籍があったのは、執筆者の1人に詩人の最果タヒがいたからでしょうか。何はともあれ、一応加筆はできました。なお、館内に机はなかったので、スマートフォンを用いて加筆しました。

右側が加筆した内容。日本語版ウィキペディア [[マイクロコンピュータ]] 2023年2月12日 (日) 04:12時点における版2023年5月6日 (土) 07:42時点における最新版差分。2023年5月9日アクセス。

まとめ

限られた種類の資料しか置かれていない小規模な図書館を、どのようにウィキペディアの編集に活用できるか考えた回であり、雑誌をウィキペディアの編集に活用する難しさを痛感した回でもありました。制約の中でできることを考えるのは大変ですが、やりがいを感じますね。

荒川区の冠新道図書サービスステーションを訪問した時と同様「もっと色々な資料を置いてほしい」「作業ができる机がほしい」と感じたのは、否定できない事実です。しかし、小規模な図書館をないがしろにして、大規模な図書館を数館作って満足するような社会にはなってほしくないなと感じたことも、紛れもない事実です。

このシリーズを立ち上げたことで、小規模な図書館について考える機会が増えました。今後も色々と訪問しながら、考えてみようと思います。