YouTubeで公開された、テレビ番組『キョコロヒー』の未放映シーン集にて、齊藤京子さんが「不思議だなって思うことは本当に山ほどあるんですよ。でも『調べる』までできてなくて」と語っていた。
強く共感した。同時に、図書館関係者や、辞書・事典を販売する出版社は、この発言を心に留めておいてほしいと思った。
辞書や図書館は「調べ物をする人の強い味方」と謳われることがある。これはその通りだと思うし、異論はない。実際、自分も(渋々)調べ物をする際に何度もお世話になっているからだ。ウィキペディア記事を書くための調査に、雑誌専門図書館の大宅壮一文庫を活用した際は、感動のあまりその模様をレポートにまとめたくらいだ。
- Eugene Ormandy「雑誌専門図書館の大宅壮一文庫をウィキペディア記事の編集に活用する」『Diff』2022年12月13日。https://diff.wikimedia.org/ja/2022/12/13/雑誌専門図書館の大宅壮一文庫をウィキペディア/

ただ、「恐らく多くの人々にとって調べ物のハードルは非常に高い」ということは、辞書出版社や図書館に強く意識しておいてほしいと思う。というのも、これらの機関の発信をウォッチしていると、「世の中の人は全員調べ物が大好きだよね!」という前提のもとで行われているように感じられるものが散見されるからだ。
より多くの人に辞書を売りたいのなら、そしてより多くの人に図書館のレファレンスサービスを利用してほしいのなら、取るべき行動は、調べ物の必要性を全く感じていない人間にその有益さを説くことだろう。国立国会図書館に足繁く通うような上級者に、高度な検索テクニックを提供することも重要だが、おそらくその手法でリーチできる人数はかなり限られる。アントニオ猪木が言うところの「環状8号線理論」ってやつだ。初心者を取り込もう。
ここで釈明を兼ねた自己語りをしたい。筆者は「『調べる』までできてなくて」という齊藤さんの発言に共感したにもかかわらず、何事もなかったかのように「自分も(渋々)調べ物をする際に何度もお世話になっている」と書いた。
この時に行った「調べ物」は、「不思議だな」という知的好奇心に基づくものでもなければ、「調査って楽しい!」という歓びに基づくものでもない。「ウィキペディアの記事を書く」というタスクの遂行にあたり必要だったので、淡々と行った無機質な作業にすぎない。「夕飯の材料を調達するためにスーパーに行く」くらいの感覚だ。
辞書マニアや調査オタクをのぞけば、多くの人にとって「調べ物」とは「どうしても必要な時に渋々行う」程度の存在だと思う。これは悪いことだとは思わないし、むしろこのようなドライさで調べ物に携わる人間が増えれば、面白いコンテンツを作る人間や、ニッチなコンテンツを受容する人間がもっと増えるのではと思う。さらに言えば、市民社会が少しだけ改善されるのではとすら思う。
「調べ物って楽しいよ」「辞書を読むのって面白いよ」といったアプローチも重要だし、なくてはならないものだと思うが、もう少しドライな手法も採用してみてはどうだろうか。つまり「クソ面倒くさいけど、この『調べ物』というタスクをこなすとあなたの人生にこんなメリットがありますよ。そして図書館や辞書はそれを存分にサポートしますよ」と率直に宣言するのだ。おそらく、この手の文言に惹かれる人間の数は「辞書を端から端まで読むのが楽しくて仕方がない」という人間の数より多い。
参考にすべきはおそらく、ジムの宣伝だろう。「筋トレ」という面倒臭さの塊を販売する機関であるにもかかわらず、その有益さを効果的に宣伝し、多くの会員を獲得している。同時に「筋トレってただの面倒くさい苦行だと思っていたでしょう?実はすごく楽しいんですよ」と小声で囁き、優良顧客をキープする努力も忘れない。
ジムに倣って「クソ面倒くさい調べ物のメリット」を初心者に説く図書館や出版社があれば、心の底から応援したい。そしてそのメリットの1つとして「ウィキペディアの記事を編集できるようになること」を設定し、多くの人に調べ物に触れてもらおうとする図書館等があれば、ウィキペディアンとしてできる限り協力したい。そんな未来が来ることを、スクワットをしながら願っている。

蛇足
筆者はしばしば、図書館、博物館、大学等でウィキペディアのレクチャーを開催している。主な目的はもちろんウィキメディア・プロジェクトの周知および人材獲得であるが、「レクチャーを通して、手段としての調べ物をする人が増えるといいな」とも思っている。関心がある方は下記のレポート等をご覧いただきたい。
- Eugene Ormandy「大宅壮一文庫でウィキペディア編集イベントを開催(2023年10月21日)」2023年10月26日。 https://diff.wikimedia.org/ja/2023/10/26/大宅壮一文庫でウィキペディア編集イベントを開/
- Eugene Ormandy「三康図書館でウィキペディア編集イベント WikipediaSanko を開催」2023年6月12日。 https://diff.wikimedia.org/ja/2023/06/12/三康図書館でウィキペディア編集イベント-wikipediasanko-を/
- Eugene Ormandy「東京外国語大学コモンズカフェ「もっと知りたいウィキペディア」開催記録」2024年9月26日。 https://diff.wikimedia.org/ja/2024/09/26/東京外国語大学コモンズカフェ「もっと知りたい/
- Eugene Ormandy「東京国立博物館資料館でウィキペディア編集イベントを開催(2024年8月21日)」2024年12月20日。 https://diff.wikimedia.org/ja/2024/12/20/東京国立博物館資料館でウィキペディア編集イベ/

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