ウィキメディアンが国立国会図書館職員を対象としたレクチャーを実施

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稲門ウィキペディアン会の Eugene Ormandy です。2025年2月12日に国立国会図書館が開催した「科学技術情報整備に係る有識者ヒアリング」に参加し、同館職員を対象としたウィキメディア・プロジェクトのレクチャーを実施したので、その模様を報告します。なお、レポートの公開およびその内容については、事前に国立国会図書館の許可を得ていますので、あらかじめ明記しておきます。

稲門ウィキペディアン会のロゴ。(Uraniwa, CC0)

経緯

2024年某日、国立国会図書館からレクチャーの依頼があったので承諾しました。かねてより「チェコ国立図書館などに倣って、国立国会図書館もウィキメディア・プロジェクトとの提携を強化してほしい」と思っていたので、渡りに船でした。

ポーランドで開催された国際会議「ウィキマニア2024」における、チェコ国立図書館とウィキメディア・チェコの協働事例についてのプレゼンテーションの動画。

なお、国立国会図書館の名誉のために記しておくと、同館はウィキメディア・プロジェクトと全く関わってこなかったというわけではありません。ウィキデータ等を取り上げたオンラインセミナーや、関西館でのウィキペディアタウンを開催していますし、ジャパンサーチ識別子とウィキデータの提携作業も実施しています。また、2009年に東京大学で実施されたシンポジウム「Wikimedia Conference Japan 2009」では、当時の国立国会図書館館長であった長尾真さんが基調講演を行なっていますし、2022年に国立国会図書館が開催した「第17回レファレンス協同データベース事業フォーラム」では、日本語版ウィキペディアで管理者等を務めた日下九八 (User:Ks aka 98) さんが登壇しています。

ウィキデータに関するオンラインレクチャーの動画。
GLAM Wiki に関するオンラインレクチャーの動画。
ウィキペディアンの日下九八さんが登壇したオンラインレクチャーの動画。

準備

国立国会図書館から依頼メールをいただいたのち「レクチャーのレポートをウィキメディア財団のブログ Diff に寄稿してもよいか」と確認したところ、許可していただけました。また「ウィキメディア財団の職員をレクチャーに招いてよいか」というリクエストも承認いただけたので、数年来お世話になっている財団職員の中山純子さんに連絡。当日聴講していただけることになりました。

また、事前に私と財団でオンラインミーティングを実施し、レクチャーの内容について共有しました。ミーティングには中山さんのほか、同じく数年来お世話になっている Sakti Pramudyaさん、Ivonne Kristiani さんも参加。ありがたいことに、ミーティング後には Silvia Gutiérrez さんをはじめとする他の職員と準備してくれたお役立ちリンク集を共有していただけました。

レクチャーの数日前には、レジュメとスライドを国立国会図書館に提出。なお、先にレジュメを作成し、スライドはそれに基づき作成しました。

提出したスライドの一部。(Eugene Ormandy, CC0)

当日

2025年2月12日、予定通りレクチャーを実施しました。具体的には、レクチャーを60分、質疑応答を合計60分行いました。

1 ウィキメディア・プロジェクトの仕組み(15分)

第1部「ウィキメディア・プロジェクトの仕組み」では、ウィキペディアをはじめとする各種ウィキメディア・プロジェクトの概要や方針について、15分ほどかけて紹介しました。

まず「ウィキメディア・プロジェクトを運営しているのはウィキメディア財団だが、そのコンテンツはボランティアが編集している」という重要事項を共有したのち、ウィキペディアウィキメディア・コモンズウィクショナリーウィキデータウィキソースの概要を説明しました。なお、ウィキペディア以外は2分程度で手短に説明し、ウィキペディアについては「検証可能性」などの具体的な方針・ガイドラインを取り上げつつ5分で説明しました。

ちなみに、上記以外のウィキメディア・プロジェクト、例えばウィキファンクションズや、抽象ウィキペディア構想を紹介することも考えましたが、情報過多になると判断したので避けました。今回のレクチャーの目標はあくまで「国立国会図書館職員がまず知っておくべきウィキメディア・プロジェクトの情報を提供すること」であり、微に入り細を穿つことではないので。

2 ウィキメディアを編集する人々(10分)

第2部「ウィキメディアを編集する人々」では、ウィキメディア・プロジェクトを編集する人々のモチベーションとコミュニティについて、10分ほどかけて紹介しました。

まずは、モチベーションを「楽しい」「推し活」「インフラ整備」「言語保存」の4つに分類した上で、編集者たちのブログやインタビュー記事を引用しながら合計6分ほどで説明しました。なお、ウィキメディア・プロジェクトの編集モチベーションについては学術的な研究が多数あるので、これらを紹介することも考えたのですが、編集者を身近に感じていただくためには生の声を取り上げるのがいいだろうと判断。各種研究については、レジュメに「日本語版ウィキペディア『ウィキペディアのコミュニティ』でも、モチベーションに関する研究が幾らか紹介されている」と記すにとどめました。

続けて、ウィキメディア編集者たちのコミュニティについて4分ほどで解説。早稲田Wikipedianサークルのような「ゆるいグループ」、ウィキメディア財団の認定を得た「アフィリエイツ(ウィキメディア運動提携団体)」、そしてウィキマニアのような各種国際会議を駆け足で説明しました。なお、世界各地のアフィリエイツの活動や、ウィキメディア運動憲章をめぐる議論など、コミュニティについても話すべきことはこれまた大量にあるのですが、やはり情報過多になるので言及は避けました。

レクチャーの様子。(Junko Nakayama (Wikimedia Foundation), CC0)

3 ウィキメディアと社会(20分)

第3部「ウィキメディアと社会」では、教育、GLAM、テック業界におけるウィキメディア・プロジェクトの立ち位置について約20分で説明しました。なお、GLAMとは、美術館 (Gallery)、図書館 (Library)、公文書館 (Archives)、博物館 (Museum) の総称です。

まずは教育について5分かけて説明。「ウィキメディア・プロジェクトの編集はリテラシー教育と相性がいい」と示したのち、シェイクスピア研究者の北村紗衣さんが武蔵大学で行っている「英日翻訳ウィキペディアン養成セミナー」や、WikiEdu などの実例を紹介しました。

ついで、GLAMについて10分ほど説明。図書館で開催されるウィキメディア・プロジェクトの編集イベントの意義について、私が大宅壮一文庫で開催した WikipediaOYA などの実例を示しながら5分ほど説明したのち、GLAM自身が典拠データをウィキデータに紐付ける活動についても紹介しました。

最後に、テック業界におけるウィキメディア・プロジェクトの立ち位置を5分で説明。人工知能の学習データエンティティリンキングの対象として活用されていること、そしてテック業界の重要人物たちによるウィキメディア・プロジェクトの批判を紹介しました。

なお、このセクションでも、様々な情報をカットしました。具体的には、イベント開催時のGLAM職員やウィキメディア・プロジェクト編集者の証言を盛り込みたかったのですが、時間の関係で差し控えました。

大宅壮一文庫。ウィキペディアの編集イベントを定期的に開催している。(妖精書士, CC0)

4 ウィキメディアンがNDLに望むこと(15分)

第4部「ウィキメディアンがNDLに望むこと」では、私が国立国会図書館 (NDL) に望む作業を3つに分類し、15分かけて共有しました。

まずは「編集したい人へのサポート」というタイトルで、ウィキメディア・プロジェクトに関するマニュアルをリサーチ・ナビへ掲載することを提案しました。特に「ウィキペディアはどのように扱うべきか(参考文献欄を確認しよう)」についてのマニュアルは、多くの役に立つのではという私見を述べました。

ついで「NDLが編集する」というタイトルで、NDLの典拠データやパブリックドメイン資料をウィキデータやウィキメディア・コモンズ、ウィキソースへアップロードすることを提言しました。なお、『デジタルアーカイブ学会誌』に掲載された「[24] ジャパンサーチのLOD:デジタルアーカイブが「つながる」ために」という論考で示されているように、ジャパンサーチ名称識別子のウィキデータへの紐付けは(部分的に)行われています。こちらの発展についても要望しました。

最後は「研修制度と編集イベント」というタイトルで、国立国会図書館職員がウィキメディア・プロジェクトについての知見を深めるための継続的な研修や、利用者研究の一環としての小規模な編集イベントを提案しました。

5 質疑応答

その後、合計60分にわたって質疑応答を実施しました。ウィキメディア・プロジェクトの方針から、編集者コミュニティにわたる、様々なタイプの質問がありました。また、ウィキペディアに限らず、ウィキメディア・コモンズやウィキデータに関する質問も多くありました。

国立国会図書館西口。(Eugene Ormandy, CC0)

フォローアップ

レクチャー翌日、質疑応答の際に示したウェブページをまとめた文書、およびレポート下書きを国立国会図書館の担当者にメールで送信し、確認を依頼しました。その後、OKをいただけたので、Diffに寄稿しました。

まとめ

2025年2月12日に国立国会図書館で実施したウィキメディアのレクチャーの模様をまとめました。本稿が何かの役に立てば幸いです。

余談

説教くさい余談ですが、人にものを教える立場の人間にとって重要なことは「限られた授業時間内に言及しない、もしくは言及できない事項に自覚的であること」だと私は思っています。そのため、本稿では「レクチャーでは話さないと判断したこと」についても紙幅を割きました。国立国会図書館職員へのレクチャーというウィキメディア・コミュニティ全体にとっての貴重な機会を、Eugene Ormandy というウィキメディアンが存分に活用できたのかを批判的に検証し、より良いアウトリーチ手法を構築するための材料としていただければこの上ない喜びです。

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