京都府北部にある唯一の大学教育機関である福知山公立大学では、2022年に情報学部に開設された「観光情報学」講座で、地域の魅力を発信する手法のひとつとして、毎年秋に約1ヵ月間の「ウィキペディアタウン」を導入しています。これまでの3年間で150人以上の学生がWikipedia編集に新規参入し、京都府福知山市に関する30以上の項目が新規立項または改善編集されました。
筆者はこの初年度から外部講師として協力しているのですが、この3年間の定点観測を通して見えてきたWikipedia日本語版の将来を見据えた課題について、私見を共有します。
大学特別講義2024 -2/ 福知山公立大学「観光情報学」でウィキペディアタウン開催!
2022年、この講座の最初の取り組みは1週間90分×4回(4週)の授業で行われました。1回目に私からWikipediaとウィキペディアタウンについて講義を行い、2回目に実践的にWikipedia編集方法を解説、約60名の学生が12班に分かれてのグループ・ミーティングでWikipediaを編集する題材を決定し、それぞれの題材について独立記事作成の目安に基づいて編集方針の相談に応じました。3回目には各班がそれぞれ現地や公共図書館に出向いて調査を行い、4回目の授業までに学生がWikipediaを編集し、最後の授業で私から講評とアドバイスを述べています。

(「福知山公立大学」 Hasec, CC0, ウィキメディア・コモンズ経由で)
1回目・2回目の講義で、Wikipediaの方針や編集方法について丁寧に解説し、講習スライドも共有していましたが、いざ編集しようという段に手元にマニュアルが無いのは不便だったのでしょう。学生たちの成果物はとりあえず本文だけを書いて立項したようなスタブ記事も多く、もちろんそれらは班のメンバーで近日中に加筆修正することが前提に立項されており、講座のSlackでは連日質問や相談が飛び交っていましたが、Wikipediaのコミュニティ内からはそれは見えません。学生の編集に混ざって何人かのウィキペディアンが手を入れていき、その大半は学生たちの学びと励みにつながるものでしたが、中には特筆性を否定する様々な種類のタグを繰り返し貼り付けしていく粘着的な自警編集もありました。これにより、Wikipedia活動がストレスになって編集を放棄してしまった学生もいたようです。私としてはぎりぎりまで学生の頑張りを待ちたいところでしたが、このウィキペディアタウンについては、大学初の取り組みでメディアの取材も入るとも聞いていたので、Wikipediaと大学のマイナスイメージの宣伝にならないよう、すべての項目を早急に整え、過剰なタグ付け投稿をする自警編集者に対応し、約1カ月間、休日返上で加筆修正に取り組むことになりました。
2023年からも授業計画は基本的に同じでしたが、Wikipedia編集の方法をかんたんにまとめたマニュアルを作成し、事前に配布することにしました。Web上にも編集マニュアルや手引きはありますが、やはり紙媒体で手元に置いているほうが、実際の編集作業の間にも閲覧しやすく、役に立つようです。この年に立項された項目はいずれも2022年度の項目に比べて初版からWikipediaスタイル的に整っている記事が多く、自警編集者に大量のタグを貼り付けられ取り組みへのモチベーションが低下するといった事態は避けられました。その一方で、なぜか学生たち自身のなかにも、自分たちチームの記事に「出典がついていません」とか「一次資料に偏っています」というタグ付け編集だけをしている人もいて、「それは取り組みの方向性が違うだろう!」と苦言を述べたくなったケースも何件かありました。
情報を集め、整理・分析し、自分の言葉でまとめ、Wikipediaに書き込むという一連の編集活動は、記事を書かない人には想像できないほど時間とエネルギーを必要とするものです。だからこそ、立項者の編集活動が進行中の新しい記事に問題点を指摘する人は、不足タグを付けるならその理由を改善につながる情報提供とともに説明するくらいの敬意と丁寧さを忘れないでほしいと思いますし、立項の労力を想像できないならいっそ安易なタグ付けは控えるべきだと思いますね。ましてやWikipediaへの貢献を、誰かが一生懸命に作成中の項目にケチを付けるだけでやったつもりになるなど言語道断。私自身もウィキペディア編集活動を続けていくなかで、時には他の編集者の成果を差し戻したり、改変する必要に迫られることはあるので、手間であっても履歴を慎重に精査し、新規参入者が嫌気を覚えて去ってしまうようなダメ出しをしていないか、自問自答を欠かさないようにしたいと思います。

(学生が編集に取り組んだ項目のひとつ「ゆらのガーデン」 A120s, CC BY-SA 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0)
2024年には、横着な自警のような編集で成績を稼ごうという学生はいませんでしたが、Wikipediaスタイルマニュアルに添っていないという理由で、立項したばかりの初版が即時削除されてしまい、加筆修正ができなくなって困惑した学生達からヘルプコールが入ったケースがありました。学生たちが立項したいという項目は事前に聞いて特筆性については調査しており、単独記事が難しそうな場合は既存記事への加筆を検討するよう伝えていましたが、この時に即時削除された項目は、単独記事としての特筆性は申し分のない題材でした。
項目が削除されてしまうと、加筆修正するつもりで準備をしていた人も書き込む場所が無くなってしまいますし、不慣れな立項者には何が起こったのかを知る術すらありません。文体が百科事典的でない、出典情報がWikipediaソースで脚注に入力されていない、そうしたスタイルの不備を理由に、「がんばった時間と労力がすべてふりだしに戻される」経験をすると、多くの新規参入者はそこで御手上げになってしまいます。スタイルを勉強してから出直してこいなどというのは、“スタイル”が何を意味しているのかすら理解できない初心者には暴論でしかないのです。
近年、Wikipedia日本語版では、題材自体に特筆性が無いわけではないことが明らかな専門機関や歴史的事物などの項目でさえ、スタイルマニュアルが整っていないという理由で安易な即時削除が行われたケースをいくつも確認しています。最初から完璧な編集者などいるわけがないのですから、経験豊富なウィキペディアンほど、自らが初めて編集ボタンを押したときの気持ちを振り返り、画面の向こうにいる他人に優しくありたいものです。
アウトリーチ活動をしていると、このような、「数年前に自分が書いた記事がいつの間にか消えた」理由が知りたいという人に出会うことが、たびたびあります。履歴をたどって原因を究明し、説明すると、ほとんどの人が納得して、良い編集者として復帰しようと考えてくれるようですが、わざわざウィキペディアンを探して会いに来てそんな相談ができる人は、多くはないでしょう。その他大勢に残るのはWikipediaへの「不満」と「やりきれなさ」、人によっては「怒り」を覚えている人もいます。そうしたマイナスの感想ほど、SNSに書き込まれて憂さ晴らしされ、不特定多数の人々が尻馬に乗って拡散し、その結果、思慮深い善良な人々をWikipediaから遠ざけてしまったり、荒らしを増長させるものです。そうした負の再生産を目の当たりにするたびに、私はとても悲しい気持ちになります。

(学生が編集に取り組んだ項目のひとつ「THE 610 BASE」 あかさたな1004, CC BY-SA 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0)
2024年度にこの講座に参加した学生たちは、Wikipedia編集への取り組みの感想を担当教授に問われ、ほとんど全員「勉強になった」と即答しましたが、楽しかったと回答した学生は一人もいませんでした。Wikipedia編集はボランティア。楽しくないことは続けられません。不慣れな編集者が試行錯誤しながらでも参画することが「楽しい」と思ってもらえるコミュニティであってほしいと思います。
そしてもうひとつ、Wikipedia日本語版の将来に暗雲をもたらしているのではないかと思われる気がかりがあります。近年、日本語版では広域のインターネット回線を荒らし対策のため無期限ブロックする際、アカウント作成も禁止されているケースがあり、その悪影響が年々大きくなっているようなのです。
この観光情報学講座の受講生は毎年50~60人で推移していますが、そのうち自身の生活圏にあるインターネット回線でWikipediaのアカウントを作成できず、アカウント作成者のフォローを必要とした人は、2022年11月・7人、2023年11月・7人、2024年11月は21人と急増していました。単純計算で3~4割もの若者がWikipediaを編集しようと思ったその時に、身近なインターネット回線からアカウントを作成することができないわけで、この割合を全人口に当てはめて考えると、ウィキペディア日本語版コミュニティは相当数の人々を一方的にシャットアウトしていることになるのです。この状況は、集合知による不特定多数に開かれた百科事典とは言えないでしょう。
この百科事典の品質を守り、発展させるために、多くのウィキペディアンが「善意」で精力的に活動されていることに疑念はありません。しかし、その善意が「独善」になっていないか、このコミュニティがどうしようもなく過疎化してしまう前に、視野と心を広く持ち、不特定多数の人々が今後も参画しやすいWikipediaであってほしいと思っています。

(学生が編集に取り組んだ項目のひとつ「丹波生活衣館」 たけとり, CC0, ウィキメディア・コモンズ経由で)

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