閉校する小学校の記録をウィキペディアに残す

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Wikimedians of Japan User Groupは、発足当初から主なリアルの場での活動場所として、オープンソースカンファレンスに出展・協力しています。今回は、そのつながりから生まれた一つの小学校の記事のご紹介です。

南島原市立野田小学校は、日本の学校制度が始まった1874年に創立された歴史のある小学校ですが、過疎地にあるほかの学校と同様に児童数が減少し、2026年3月をもって閉校することとなりました。閉校に当たり、4年生から6年生の児童がそれぞれの学年ごとに閉校記念政策を行うこととなり、5年生では野田小学校のウィキペディア記事を作成することになりました。

南島原市立野田小学校
Ackeyyama, CC0, ウィキメディア・コモンズ経由で

そこで、野田小学校のICT支援員をされている株式会社ミナサポの担当者から、同社の取締役でオープンソースカンファレンス主催の宮原さんを通じて相談があり、企画検討のお手伝いをさせていただきました。

そこから各種企画案などについてアドバイスをさせていただき、数か月が経過。2026年2月1日に野田小学校の閉校記念式典が開催され、そこで児童の皆さんが調べ上げた内容が記事に加筆されました。

今回私も含めたユーザーグループのメンバーは実際に児童や教員の皆さんに直接指導していないのですが、ミナサポのICT支援員の方が素晴らしい説明資料を作成していただいたおかげで、加筆の内容としても妥当なものが出来上がりました。

この模様は地元の長崎新聞にも取り上げられています。

母校の記憶をウィキペディアに…本年度閉校の南島原・野田小、児童が編集に挑戦 – 長崎新聞

実際、小学校のウィキペディアの記事を児童が編集する、となると、いたずらとも個人の感想ともつかないような文章になったり、安易に校歌の歌詞や、果ては「(教員の名称)は最悪」といったような誹謗中傷にも似た文章が書きこまれることも多いのですが、今回はそのようなことにならず、ほっとしています。

とともに、野田小学校5年生の皆さんにとっては単に「母校のウィキペディアの記事の充実に貢献した」のみならず、ともすれば日本の学校教育の中でおろそかになりがちな「資料を調査して、その結果を自分の文章にまとめる」ということを経験できた、ということで、今後の人生における財産になったのではないかとも感じております。

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