2026年3月1日日曜日の暖かな午後、東京中野でウィキペディア25周年記念交流会が、Wikimedians of Japan User Groupの主催で開催されました。東京近郊だけでなく関西からも参加者が駆け付け、50人近くが楽しく充実したひと時を共にしました。
まず初めに、筑波大学図書館情報メディア系高久雅生准教授から、ウィキペディアが誕生してからこれまでとこれからのお話がありました。高久さんはウィキペディア日本語版が誕生したごく初期の段階から、記事を書き始められたそうで、研究生活の中で様々に関わってこられたとのこと。質疑応答でも「百科事典」というものの捉え方の変化や、Wikidataとの関わり、ウィキメディア運動の意義についてなどなど、幅広い会話が交わされました。
続いて参加者の中から10人が、ライトニングトークを行いました。ベテランから新人まで実に幅広く興味深い話題ばかりでしたが、特に印象深かったのは、全国各地のフェリーの航路をまとめた「フェリーウィキ」の話と、ウィキデータに登録した本をウィキペディアの出典に使うための「テンプレート:Cite_Q の紹介」でした。このCite_Qは早速私も使ってみて、なるほど便利なツールがあるものだと感心しています。そしてライトニングトークの最後には、私が「Wikipedia25バースデー・ケーキ・ソングを歌った人々」と題して、1月15日のバーチャルパーティで歌われたケーキソングの歌手たちを紹介し、歌の動画を映しました。
いよいよ記念撮影とケーキカットです。知り合い同士も初対面の人も和気あいあいとケーキの後ろに並び、両手でWマークのポーズを取りました。次にウィキペディアロゴの乗った大きいケーキと、フルーツがふんだんにあしらわれた2つのケーキそれぞれにロウソクが灯され、25周年を祝いました。お茶を飲みながらあちこちに会話の輪が広がり、いつまでも尽きぬ話題に花が咲きました。
私がウィキペディアの各国の誕生パーティについて知ったのは、一昨年読んだバングラディシュの若者のDiff記事でした。日本でもやりたいと思い、昨年は友人と2人だけのお祝いをしました。そして今年はなんと、50人近くが集まったのです!夢を持ち続けるといいことがあります。
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