新たな成果を達成! 歴史を刻んだウィキメディア日本ボリビア友好会

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5月から6月にかけて、ボリビアのコミュニティは、ボリビア・日本間の相互関係に関するコンテンツを拡充し、ボリビアにおける日本文化に関するコンテンツを豊かにしました。ウィキメディア日本ボリビア友好会の事業の一環として行われたこれらの活動は、それぞれの国のユーザーグループが協力し、両国に関するウィキメディアプロジェクトの内容を豊かにするために行われたものです。これまでの経緯については、こちらこちらの投稿をご覧ください。

カメラの準備オーケー!

5月の一ヶ月間、ボリビア・コミュニティのボランティア写真家たちはラパスにあるいくつかの道場を訪問し、何十年もの間ボリビアで高まり続けている日本武道への関心を写真に撮りました。彼らはまた盆栽やコスプレイベントも撮影し、コスプレイヤーたちの熱気と情熱を記録しました。なんといってもボリビアは、日本文化を深く愛している国なのです。

これらの訪問は、ベテランのボランティア、初心者、そしてウィキメディア・ボリビアのメンバーからなる、混成チームによって実施されました。熟練の写真家たちは初心者を指導しましたが、それは技術的なことだけではなく、ウィキメディア・コモンズにあげる百科事典としての価値をもつ写真の見極め方も解説しました。一方で武道の先生や生徒たちは、カメラの前で全力の演武を披露しました。その後にベテランたちは初心者がベスト・ショットを撮影するのを手助けし、また彼らがそれを編集し、適切なタイトルをつけてコモンズにアップし、説明を書き、カテゴリーをつけるの補佐したのです。

熟練の写真家たちが招かれたのは、彼らがボリビア・コミュニティの一員として何年も活動し、ウィキメディア・ボリビアが開催したいくつもの写真コンテストで数々の賞を受賞していたからでした。一方で見習いの参加者たちは、写真とビジュアル・ストーリーテリング・ワークショップの出身者でした。このワークショップは、3年間にわたりエルアルト(ボリビア最新の市)で実施された、熱意ある新たなボランティアの育成事業でした。

結果ですか?何十枚もの高品質の写真を、こちらでご覧いただけます。これらは道場の先生方ご自身が解説の執筆に協力してくださったことも強調する価値があります。写真は技術的に高品質であるだけでなく、専門家がレビューしたキャプション付きで、それはめったにできないことなのです。こちらの画像はよい例です。

若いボランティアたちは、ラパスやオルロでのマルチャ・フリーキのようなコスプレイベントの取材も担当しました。オタクを自認するボリビアの利用者:NikoBitreは、ラパスでのマルチャ・フリーキの写真撮影を主導しました。彼女は次のように語っています。

日本文化やアニメのファンとして、私の写真愛この世界への情熱を結び付けることができました。私はマルチャ・フリーキでのすべてのコスプレについて理解していたので、みんなをリードするのが楽しかったし、仲間たちがそれを見分けるのを助けられました。それに、私の撮った写真が何枚も今はウィキペディアに載っているのは素敵です。それを通して他の人たちが、成長し続け活発に自分自身を表現する私たちのコミュニティを発見し、その魅力を感じ取ってくれるかもしれないと思うのは嬉しいです。

経験豊富な利用者:Ale RaFloは、次の世代を指導することについての思いを語ってくれました。

自分で写真を撮るのと並行して、写真初心者たちを指導する機会がありました。私は彼らに、撮った写真の選び方や、どうしたら最も良いタイミングで写真を撮れるのかを教えました。それはとても貴重な機会で、学習するだけでなく、日系人やボリビアへの彼らの影響についての自由な知識に大きく貢献することができたのです。

歴史をつくる

今回のキャンペーンのおかげで、ウィキメディア・コモンズに共有されている写真のほとんどが、現在はボリビアで撮影されたものになっています。たとえば合気道の写真を国別カテゴリーで見ると、ボリビアのはほとんどです。居合道を検索すると、写真のほぼすべてがボリビアで撮られたものです。空手では、稽古風景の写真が数多くありますが、武道においては試合だけでなく、稽古こそが重要で価値があるのです。

コモンズにあるボリビアの盆栽の一番最初の写真は、このキャンペーンで撮られたもので、しかもそれはボリビア原産の植物種です。ボリビアのコスプレ写真の高品質のものも、このキャンペーンで撮られたものですが、ボリビアではほとんど毎月行われているイベントであるのを考えると、これは驚くべきことなのです。

前に書いた通り、日本文化はボリビアに深く浸透しています。屋台の店では日本の食品が売られていますし、アニメファンのための店もありますし、コスプレイヤーたちはお気に入りのキャラクターを再現しようと、本格的に扮装するようになりました。しかしこれらについてウィキペディアや姉妹プロジェクトには、これまで何も取り上げられてきませんでした。つまり私たちは、歴史的第一歩にいます。私たちは自分たちの社会についての重要な情報を、ようやく取り上げるようになったのです。

これらすべてを実現させてくれたパートナーたち

今回の成果の多くは、ラパス日本人会の協力なしには実現しませんでした。彼らは武道道場や盆栽専門家の訪問を仲介してくれたうえに、私たちに施設を提供してくれました。私たちは彼らと一緒にウィキペディア編集ワークショップを開催し、6月27日には彼らの施設で対面でのエディタソンを開き、24人が参加しました。同じ日に私たちはボリビア日本人移住センターも訪問し、数人の日系コミュニティの方々から、二つの文化の間で生きてきた彼らの経験を伺うことができました。

ボリビアについての78記事が新たに日本語に

そしてボリビアでこうした取り組みをしている間に、日本のボランティアの皆さんはボリビアについてのたくさんの記事を改善し、新しく作り、そして翻訳していたのです。キャンペーンが終了した時には、ポトシのセロ・リコのようにボリビアの歴史にとって欠かせないものを含む、78の記事が日本語版ウィキペディアに作られました。

でも彼らは編集していただけではありません。日本にいながらサルテーニャを食べたり、モコチンチを飲んだりして、ボリビアの文化について多くを学んでいました。

今回のキャンペーン中に日本で撮影されたサルテーニャ

このフレンドシップは、ウィキメディア・プロジェクトの内容作成を超えるものだったことを、自信をもって申し上げられます。これは両方のコミュニティ間に、本当の連携と協力関係を築きました。遠く離れた地域であっても、お互いにより理解し合える機会となりました。

日本の皆さんに心から深く感謝申し上げます。この友情がこれほど深まるとは想像できませんでした。ありがとうございました!

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