日韓ウィキメディアン交流イベント in 唐津 を開催しました

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2026年9月11日(金)から13日(日)にかけて、佐賀県唐津市・福岡県太宰府市にて「2026日韓ウィキメディアン交流イベント in 唐津」を開催しました。韓国から5人のウィキメディアンをお迎えし、地域の写真を投稿するフォトウォークや、編集イベントを通じて、日本と韓国のウィキメディアンが交流しました。本稿では、企画から当日の様子、成果までをご報告します。

日韓フレンドシップ

日本と韓国のウィキメディアン同士の交流は、2024年のアジア月間のミニイベントとしてのアジア月間韓国特集、および編集ミーティングより始まりました。2026年にはさらに発展させ、日本と韓国の友好イベントを3段階で実施することになりました。

  1. 日本・韓国友好編集月間
  2. 日本でのオフラインイベント
  3. 韓国でのオフラインイベント

1のオンライン編集月間についてはすでに実施され、Diffにも報告記事が掲載されています。多くの方に参加いただき、大変感謝しております。

唐津の地

今回のイベントの舞台として佐賀県の唐津を選んだのは、日本と韓国の交流が残る土地であるためでした。唐津は東京よりも韓国の方が近いです。豊臣秀吉による文禄・慶長の役の拠点となった名護屋城は唐津市内にあります。そして私が唐津を推した一番の理由は、百済中興の祖・武寧王が生まれたと伝わる加唐島です。かつての王様が、現在の日本の地で生まれ、現在でも日本と韓国の交流事業が継続して行われるという事実を踏まえると、加唐島は日韓の交流事業として最適な場所でしょう。東京やソウルのような大都市ではなく、地方都市を舞台にした点も今回の企画の特徴です。

会場・行程の検討にあたって、5月に下見を行いました。下見では各所での写真撮影の可否、図書館の郷土資料の充実度、移動手段を一つひとつ確認しながら、実際に歩いて行程を組み立てています。事前準備としては、イベントで実際に訪れる場所を中心に、多岐にわたるテーマの参考資料を佐賀県立図書館・唐津市近代図書館から借り出し、参加者が現地で見聞きした内容をもとに記事を執筆・加筆できるよう準備しました。

佐賀県立図書館(撮影: Asturio Cantabrio, CC BY-SA 4.0, Wikimedia Commons)

余談ですが、私は一昔前に唐津藩という記事を執筆しました。準備やガイドの勉強をしていると、この記事執筆の経験が生きているような気がしました。準備に関しては、また別項で紹介したいテーマがあるので、もう1つ記事を書いてみようかと思います。

1日目:街歩きと編集会

福岡空港国際線到着ロビーに集合し、列車で唐津へ移動しました。唐津駅到着後は、参加者を2グループに分けて街歩きを行いました。

旧唐津銀行本店(撮影: さえぼー, CC BY-SA 4.0, Wikimedia Commons)

街歩き中の昼食には唐津バーガーを食しました。参加者の一人が、実際にこの記事を加筆しようと考えていたため、写真を撮影するついでに、という感じです。夕食会でも、このお店の写真がない、ウィキメディア・コモンズに写真を投稿しようという話が出てきました。これもまた、ウィキメディアンという生物の習性…。

からつバーガー(撮影: さえぼー, CC0, Wikimedia Commons)

街歩きを終えると、「旧大島邸」を会場に編集会を実施しました。各自もくもくと編集作業を行い、街歩きで撮影した写真をコモンズに投稿しました。

編集会の様子(撮影: Ellif, CC BY 4.0, Wikimedia Commons)

2日目:呼子・名護屋

ホテルからバスで呼子へ移動し、呼子朝市を散策しました。海鮮を楽しんでいただこうと考えていましたが、どうやらホテルで唐津の名産を楽しんでいたらしく、嬉しい(?)誤算でした。ちなみに私は、魚ロッケや揚げいかしゅうまいが好きです。

呼子朝市通り看板(撮影: さえぼー, CC BY-SA 4.0, Wikimedia Commons)

その後、参加者は再び2グループに分かれました。

私のグループは呼子からフェリーで加唐島へ。加唐島は『日本書紀』に百済の武寧王の生誕地として記される伝承の残る島で、滞在時間約2時間の中でカフェ・オビヤ浦(武寧王生誕の地)・記念碑などを見て回りました。

私は加唐島を案内したので、もう一組がどのようなことをしたのかはわかりません。どうやら、ジーラという観光遊覧船に乗ったようです。きっと、もう一組を案内した方も報告Diffを投稿してくれるはず…。

加唐島から到着してから、両グループが合流し、名護屋城博物館・名護屋城跡へ移動しました。名護屋城は文禄・慶長の役の際に秀吉が築いた拠点で、その博物館は常設展で日本列島と朝鮮半島の交流史を紹介しています。見学のほか、疲れた参加者は館内図書室で記事編集や資料整理、翻訳に取り組みました。気づけば全員が図書館に集合して、もくもくと編集作業を行う姿を見て、ウィキペディアンらしいな、と感じました。

3日目:大宰府

3日目は大宰府エリア(九州国立博物館、太宰府天満宮など)を巡りました。少し雨が降ることもありましたが、全体的には晴れていてよかったです。

編集・アップロードの記録

最近、イベントの成果の集計として、Outreach Dashboardを使用しています。今回のイベントの、ウィキメディア上での成果は以下のとおりでした。

指標数値
参加者数12名
編集した記事数89
新規作成ページ数11
追加バイト数約353,000バイト
総編集回数533回
コモンズへのアップロード数103件
記事に使用された画像数16件

言語版ごとの内訳は、日本語版ウィキペディア(149編集・49記事)、韓国語版ウィキペディア(130編集・25記事・新規10件)、ウィキメディア・コモンズ(228編集・103アップロード)が中心でした。ウィキデータ・英語版・ウクライナ語版・メタウィキでも記事の作成・加筆が行われています。

日本語版では、大島小太郎やからつバーガー、初恋の人は、五足の靴などの記事が作成・加筆されました。韓国語版では、加唐島・名護屋城・呼子朝市・唐津神社・唐津くんち・辰野金吾・玄界灘などの記事が作成・加筆がされました。韓国語版では、WikivaultというAIを使用した翻訳支援ツールが存在しているらしく、記事作成が少し便利になっているのだとか。

英語版の “Nagoya Castle (Hizen Province)“、”Karatsu, Saga“、”Hakata-ku, Fukuoka” や、ウクライナ語版の「Карацу(唐津)」記事も加筆されたようです。

コモンズには、曳山展示場、旧唐津銀行、呼子朝市、名護屋城跡、加唐島(武寧王関連の記念碑や猫の写真も多数)、太宰府天満宮、九州国立博物館など、現地の様子を伝える写真が多数アップロードされました。みなさん、他にもいろいろと写真を撮っていたようですので、後日写真を投稿するのが楽しみです。

まとめ

私の知る限りでは、日本では初めての、他国の方を複数招いたオフライン編集イベントであったと思います。今回のイベントの成果は、ウィキメディアへの投稿以上に、日本と韓国のウィキメディアンの交流や、両国での事例共有といったところにあると思います。国際イベントとしてのお話は、また機会をあらためて記録しようと思います。

今回の唐津での交流は、日韓ウィキメディアン交流の「第一段階」にあたります。次の段階として、韓国側でのリアルイベントが計画されています。韓国でのウィキメディア運動について、面白い収穫を得てくれると願っています。

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