Wikimania 2026 参加レポート① – きっかけと京丹後イベント

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Wikimania 2026 のワードマーク
Wikimania 2026のワードマーク(Eclos Production, CC BY-SA 4.0)

りん(User:Lin Xiangru)です。

大学の定期試験も終わって、夏休み。ある程度時間の余裕がとれるようになりました。ウィキマニアという、世界中からウィキメディアンが集まる、ウィキメディア関連の年次カンファレンスがあります。2026年7月21日から25日にかけて、フランス・パリで開催されたウィキマニアに、私も現地参加をしてきました。

記憶が残っているうちに、私の体験談をいくつかの記事に記録してみようと思います。要約をしようと思えばできますが、ウィキマニアに参加したことのない方にも、できるだけ「ウィキマニアってこんなイベントだったよ」とわかるように、詳しく書くことにしました。

スカラシップのおはなし

ウィキマニアをはじめとする、ウィキメディアの国際カンファレンスではスカラシップ制度(要は交通費・宿泊費支給)が整備されていることが多いです。

昔の話で記憶が曖昧なのですが、今年は例年に比べてウィキマニアの開催が早まったため、スカラシップの申し込みも早かったはずです。昨年の10月だったか11月だったか。結果は12月ごろに届いたと思います。開催地がヨーロッパであることも影響してか、例年に比べて倍率が高かったようで、私のしょぼんとした自己アピール程度では通してもらえませんでした。

紆余曲折ありまして別の団体から旅費の補助をいただけることとなりました。が、直前の6月になって「スカラシップをあげるよ」という連絡が。「まさかのまさか」とは思いましたが、せっかくの機会ですので、そちらのスカラシップを利用して参加することになりました。

旅程のおはなし

ウィキマニアの参加をいろいろと考えている中で、京丹後市を中心に活動されている edit Tango さんが面白いイベントを開催するらしいぞ、というお話を聞きました。どうやら、7月19日に峰山城下町をテーマとしたウィキペディアタウンを開催するとのことでした。普段江戸時代、それも「藩」の記事を取り扱っている手前、どうにかして参加できないかなと考えていました。

スカラシップを受給したことによって、パリに向かう飛行機は20日着と指定されました。ここで選択肢として、関西国際空港からの直行便と、仁川国際空港で乗り継ぐ便の2つが提示されていました。

当初は直行便を考えていましたが、仁川で乗り継ぐルートの方がいろいろと都合が良さそうでした。京丹後市から大阪への高速バスが出ており、これを利用すれば仁川に向かう深夜便には十分に間に合います。また、私は海外経験が少なく、一人では不安であったため、仁川で韓国のウィキペディアンと合流した方が安心でした。そういうわけで、私のウィキマニアの旅程にedit Tangoさんのイベント参加が組み込まれ、10日間の長い長い旅と決まりました。

試験のおはなし

今年のウィキマニアは例年(基本的に8月)よりも開催が早く、大学の定期試験期間と多少被っていました。定期試験が被ってしまう教科については、教授に追試験のお願いメールを送ることにしました。大学の規定上『学会』として扱われるかはわからなかったので、理由として認められる気はしていませんでしたが、教授の方々のご理解により、追試験ないし代替レポートによる対応を認めていただきました。中には、定期試験はオンラインで開催するから、パリでも受験できるよ、という返答まで。さすがに定期試験をパリで受験するのは、私くらいではないでしょうか…?

ウィキマニア中に試験勉強なんてできるわけもないので、いつもに比べても早めから試験勉強に取り組んでいました。とは言え、帰国の翌日から定期試験というハードスケジュール。ウィキマニア中も頭の中にずっと試験勉強のことがあったので、正直、十分には楽しめませんでした。これだけは心残りです。また次の機会があれば、定期試験などの精神的負荷のかかっていない状態で、参加したいものです。


7/18 旅の始まり

京都の人間にとって、旅の始まりはいつも京都駅からです。京都駅からは、京丹後市行きの高速バスが出ていますので、そちらを利用しました。京都駅に行くと大抵新幹線を使った旅行となるため、高速バスでの旅立ちは少し新鮮でした。

京都駅には早めに到着し、まずはお土産を調達しました。ウィキマニアでは世界各地からのお菓子交換コーナーがあるというお話を聞いていました。そこで渡すために、八ツ橋(生ではない方)や抹茶のブラックサンダー、抹茶のフィナンシェといった京都土産を購入しました。ほとんど私の趣味です。また、とあるウィキメディアンからリクエストを受けていた、手ぬぐいもここで調達しました。京都はちょうど祇園祭の期間中でしたので、祇園祭グッズから選びました。

京丹後へ向かう高速バス
(Lin Xiangru, CC BY-SA 4.0)

京丹後に向かう高速バスの中では、期末レポートを一つ仕上げました。「白瑠璃碗 (伝安閑陵古墳出土)」のウィキペディア記事の執筆と、題材そのものの鑑賞について書きました。執筆をしたのは1年前のことですが(時の流れは速いものです)、個人的に一番思い入れのある記事でもあるので、これについて紹介ができて大満足でした。

京丹後へ向かう高速バスの車窓から見た、天橋立付近の海と山
高速バスの車窓から。天橋立付近(Lin Xiangru, CC BY-SA 4.0)

高速バスの道中の小休憩で立ち寄った道の駅では、記念スタンプを入手しました。そのスタンプ用紙を手ぬぐいと同じ袋に入れたことを忘れたまま、手ぬぐいを渡してしまったのですが、渡したウィキペディアンはどうやらスタンプが好きだったようです。後日スタンプ用紙の写真を送ってきてくれました。まさかこんなことになるとは!

前泊のホテルに到着。漱石の猫さんとの合流まではかなり時間がありそうだったので、もちろん早速、勉強道具を広げ、数時間ほどにらめっこしていました。漱石の猫さんや翌日のイベント講師の方々と合流すると、いろいろ面白いお話を聞かせてもらいました。私が担当しているイベント運営やサークル活動へのヒントも多く得ることができました。これだけでも、京丹後に来た価値があると感じています。

7/19 峰山ウィキペディアタウン と 関空へ移動

この日は朝から寝坊しました!そのくせに、おそらく今後一週間は日本食を食べられないからと、最後の晩餐気分で朝ごはんをゆっくり味わっていたら、集合時間に間に合うか怪しくなってきました。

たいへんおしゃれな編集会場(Lin Xiangru, CC BY-SA 4.0)

会場は金刀比羅神社内の金刀比羅会館という場所でした。地域一体化?というか、地域コミュニティの力をひしひしと感じました。大変すばらしいことです。そういえば、日本以外でこういった地域密着型のウィキメディアコミュニティはあるのでしょうか。

まち歩き

午前中はまち歩きでした。私は何度かウィキペディアタウンに編集サポートとしてお手伝いに入ったことはあるのですが、ウィキペディアタウンでよくセットになっているまち歩きのパートへの参加は初めてです。

今回の題材はなんと、峰山「藩」。地域史の専門家の方の説明も、個人的にはすごく興味がありました。記事を書く上である程度知識を頭に入れているのですが、その解釈の仕方やまとめ方、重要度のラベル付けは、参考文献に軽く目を通した程度の私では、遠く及ばないはずです。実際にお話を聞いていると、私の中で矛盾に思っていたことがすっとほどけたり、今回意図的に記述をしなかった宗教的な部分についても話を聞けたり、大変満足できました。

峰山藩主の墓所。川越藩の取材旅行の際も、喜多院の川越藩主墓所に行ったことを思い出しました。
(Lin Xiangru, CC BY-SA 4.0)

回った場所としては、金刀比羅神社や峰山陣屋、歴代峰山藩主の墓所など。ある意味、いつも私がやっている取材旅行みたいな感じです。とは言っても、今のところ取材旅行を実行した記事といえば、小城藩と川越藩くらいでしょうか。川越藩に関してはどちらかというと、実は川越に行ってみたかったがために書いた記事です。あれも良質な記事まで仕上げたいのですが、なかなかまとまった時間がとれません…。

記事編集会

午後からは記事編集のお時間です。参加者は私より年上の方がほとんどで、編集サポートは緊張しました。今回のイベントでは、摂南大学のゼミ生の方々が取材に来られており、その方々に教えました。アカウントを作成していない方もいましたので、「アカウント作成者」の権限を行使することにしました。私がこの権限を使うことはこれで2回目ですが(とある大学内でのイベントで、一度だけアカウント作成をしたことがある)、使うことは少ない分、あるとすごく便利な権限です。

京丹後とはあまりかかわりのない学生さんのようでしたので、分厚い本を渡して、「はい、書いてね」というのは多少酷です(前提知識なしはなかなか厳しい)。私もどうすればいいのか悩んだ末に、新聞記事や図録などの比較的読みやすい文献を使って加筆していただくことにしました。また、写真をいくつか撮影されていた方には、写真のアップロードをお願いしました。

つねづね思うのですが、記事を書く能力と教える能力は、必ずしも比例しないのかもしれません。正直私が「初心者」というくくりであったのも5、6年前の話ですから、当時どのように感じていたのかはもう忘れてしまいました。今になって、初心者の視点というものをもう少し覚えておくべきだったのかもなと感じています。文字どおりの意味での「初心忘るべからず」ですね。モバイルビューでの編集方法を訊かれましたが、私がモバイルビューで編集したことがなく、まったく対応できないという事態にも陥りました。こういった部分も対応できるようにしておかないと(と何度も言っていますが、忘れがちです)。

収穫とおみやげ

今回のイベントに参加された方の中には、ウィキメディア・ウクライナにも関わっている方がいらっしゃいました。海外の声を日本語で聞けるというのは、とても貴重な体験で、思ってもみない収穫でした。ウクライナのこの人が発表するから、ぜひ見ておいで!とアドバイスもいただきました。

峰山藩の記事のウクライナ語版まで、作成していただいたようです。ウィキペディアタウンの魅力の一つに、ウィキペディアの記事を作成することにより、他言語圏にも発信できる(かもしれない)というものがありますが、それを間近で実感しました。

図書館総合展2025のedit Tangoブース。ウィキタウン・カードが並んでいる
図書館総合展2025のedit Tangoブースに並ぶウィキタウン・カード(Asturio Cantabrio, CC BY-SA 4.0)

ウィキマニアへのお土産もいろいろといただきました。ウィキマニアなどのカンファレンスでは、民族衣装を着る参加者も多いので、法被を快くお貸しいただきました。ウィキタウン・カードという、edit Tango さんたちが作ったカードを複数枚いただきました。OpenStreetMap(OSM)とウィキペディアの両方を使った謎解きゲームもあります。ウィキペディアの活用方法として、いろいろ面白い題材で、海外のウィキメディアンにもぜひ紹介しておきたい、と思いました。

ウィキマニアの準備運動のつもりが、想像の何倍も楽しかったです。もうお腹いっぱい。

いざ関空へ

帰りは高速バスで大阪に向かいました。ウィキメディアのカンファレンスでは、「飛行機は3時間前に空港に着いておきましょう」と事前に何度もアナウンスされるのですが、今回は事故の影響で高速バスが1時間ほど遅延しました。「もう間に合わないよ…」と一人パニック状態になっていました。

パニック状態になってしまった人間は何をしでかすかわからないもので、地下鉄なんば駅では、切符挿入口に誤ってICカードを挿入してしまうというミスまで犯してしまいました。このトラブルで大幅に時間を食ってしまい、空港には予定より1時間半ほど遅れての到着でした。こういう事態が起こりうるからこそ、3時間前には着くようなスケジュールを立てておくべきということでしょうね。

一人での搭乗手続きは多少心配でしたが、先日の ESEAP Conference で一度関空を利用していたこともあり、すんなりと終わりました。私が利用する便は、日付が変わってからの離陸です。このあと離陸までは、ゆっくりとお勉強する時間をとりました。

関西国際空港で撮影した、仁川国際空港行きの飛行機
仁川国際空港へ向かう飛行機(Lin Xiangru, CC BY-SA 4.0)

パリに着く前から、なかなか盛りだくさんでした。それでは、レポート②につづきます。


【宣伝?】

京丹後のイベントに参加された、摂南大学生の方々が報告動画を出しているようです。ぜひご覧ください。

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