日本のヴァイオリニストの師弟関係をグラフ化するためにウィキデータを整備する

Translate this post

稲門ウィキペディアン会の Eugene Ormandy です。2024年7月、日本のヴァイオリニストの師弟関係をグラフ化するためにウィキデータを整備したので、その模様をまとめます。ウィキデータやクラシック音楽に関心のある方のお役に立てば幸いです。

Uraniwa, CC0

経緯

私は2024年7月に「ドロシー・ディレイの弟子がたった6人なわけないやろ!ワイが修正したる!:クラシック音楽オタクが Wikidata Graph Builder で遊びながらデータを整備した話」というふざけたタイトルのブログ記事を書いたのですが、その際「クラシック音楽の演奏家の師弟関係がウィキデータではほとんど整備されていない」という悲しい事実に気が付きました。

クラシック音楽の世界において、師弟関係は非常に重要です。その理由は、演奏家の演奏スタイルに大きな影響を与えるからです。実際、クラシック音楽の演奏家に関する書籍でも「この指揮者は〜の弟子」という記述を頻繁に目にします。

それにもかかわらず、演奏家の師弟関係に関するウィキデータはあまり充実していませんでした。そこで、自分である程度改善しようと思い実行しました。

指揮者の教育者として世界的に著名なヨルマ・パヌラ (Sinihappo, CC BY-SA 3.0)

方針

一口にクラシック音楽の演奏家といっても、指揮者、ピアニスト、ヴァイオリニストなど、様々な種類の演奏家が存在します。今回は、テーマを決めず手当たり次第に編集するのではなく、関連性の高い項目を集中して編集したいと思ったので、編集対象を「日本のヴァイオリニスト」に絞りました。

関連性の高い項目を集中して編集したいと思った理由は、師弟関係の多層的なグラフ、つまりAさんの師匠の師匠や、師匠の師匠のそのまた師匠などを辿れるグラフを作成したいと思ったからです。

関連性の低い項目をバラバラに編集しても、これは実現しません。例えば、指揮者Aの師匠をウィキデータに記入したのち、ピアニストBの師匠を記入したとしても、その師匠が共通していない限り、これらの情報が同時に1つのグラフに掲載されることは(基本的に)ありません。しかし、ヴァイオリニストCの師匠Dを記入したのち、Dの師匠であるヴァイオリニストや、同じくDに師事したヴァイオリニストの情報を入力すれば、その関係性を一つのグラフで図示できるのです。

ヨルマ・パヌラに師事した人物のグラフ。直接師事した人物のみならず、孫弟子まで辿ることができる。Wikidata Graph Builder を用いて2024年7月3日に作成。(Eugene Ormandy, CC0)

方法

自宅の本棚にあった『新編ヴァイオリン&ヴァイオリニスト』という書籍を用いて、日本のヴァイオリニストの師弟関係をひたすら記入することとしました。なお、出典としてウェブ資料以外の資料を用いるため、当該書籍のウィキデータ「新編ヴァイオリン&ヴァイオリニスト (Q127425739)」をまずは立項しておきました。ウィキデータの「情報源」欄にて、この項目を参照するのです。

記入にあたっては、書籍の128ページから174ページを参照しました。なお、これらのページに記載された情報を活用して、「師匠」以外のプロパティも充実させたいと思いましたが、量が多く時間がかかりそうなため、今回は師弟関係に限定して記入することとしました。

また、ヴァイオリニストのウィキデータが立項されていない場合は基本的に立項しましたが、書籍で紹介されているヴァイオリニストの師匠としてのみ言及されており、情報があまりない方については立項を控えました。

ヴァイオリニスト神尾真由子のウィキデータ「神尾真由子 (Q520592)」に師匠の情報を記入した様子。『新編ヴァイオリン&ヴァイオリニスト』および参照したページ数を情報源として記入している。(CC0)

結果

ウィキデータを整備したのち、Wikidata Graph Builder を用いて、日本のヴァイオリニストの師弟関係についてのグラフを作成しました。ここでは、日本のヴァイオリン教育史に大きな影響を与えた鷲見三郎鈴木鎮一齋藤秀雄の弟子およびそれ以降の弟子たち(直系の弟子たち)に着目したグラフを確認してみましょう。なお、それぞれ「Force-directed(力学モデル)」「Left to Right」の2つのレイアウトを示します。また、検索条件はスクリーンショットに表示されているとおりです。

まずは鷲見三郎のグラフを見てみましょう。赤い点が鷲見三郎を示しています。鷲見自身が多くの弟子を育てているほか、その弟子たちも数多くの弟子を育てていることがわかります。

鷲見三郎直系の弟子たちを記したグラフ。2024年7月17日に Wikidata Graph Builder を用いて作成。Force-directed レイアウト。CC0
鷲見三郎直系の弟子たちを記したグラフ。2024年7月17日に Wikidata Graph Builder を用いて作成。Left to Right レイアウト。CC0

続いて、鈴木鎮一直系の弟子たちについてのグラフを見てみましょう。(少なくともウィキデータ上では)直接の弟子の数は鷲見三郎ほど多くありませんが、江藤俊哉をはじめとする弟子たちが教育活動を行なっているため、孫弟子、ひ孫弟子まで辿ることができます。興味深いのは、鈴木に直接師事した兄弟弟子たちが、共通の弟子をとっていない点でしょうか。それもあって、Force-directed 型のグラフの形が鷲見と鈴木ではかなり異なっています。

鈴木鎮一直系の弟子たちを記したグラフ。2024年7月17日に Wikidata Graph Builder を用いて作成。Force-directed レイアウト。CC0
鈴木鎮一直系の弟子たちを記したグラフ。2024年7月17日に Wikidata Graph Builder を用いて作成。Left to Right レイアウト。CC0

続いては齋藤秀雄です。チェロと指揮の指導者として大変著名ですが、ヴァイオリニストも育てています。今回、改めて齋藤の影響力の大きさを再認識しました。

齋藤秀雄直系の弟子たちを記したグラフ。2024年7月17日に Wikidata Graph Builder を用いて作成。Force-directed レイアウト。CC0
齋藤秀雄直系の弟子たちを記したグラフ。2024年7月17日に Wikidata Graph Builder を用いて作成。Left to Right レイアウト。CC0

ついでに、海外で活躍したヴァイオリニストで、日本の弟子を多く持った人物のグラフも確認してみましょう。まずはジェラール・プーレから。

ジェラール・プーレ直系の弟子たちを記したグラフ。2024年7月17日に Wikidata Graph Builder を用いて作成。Force-directed レイアウト。CC0
ジェラール・プーレ直系の弟子たちを記したグラフ。2024年7月17日に Wikidata Graph Builder を用いて作成。Left to Right レイアウト。CC0

お次は世界的に著名なヴァイオリン教師ザハール・ブロンです。ブロンほどの著名人であれば、恐らくもっと多くの弟子がいるはずなので、今後ブロンの弟子たちのウィキデータを整備しようと思います。

ザハール・ブロン直系の弟子たちを記したグラフ。2024年7月17日に Wikidata Graph Builder を用いて作成。Force-directed レイアウト。CC0
ザハール・ブロン直系の弟子たちを記したグラフ。2024年7月17日に Wikidata Graph Builder を用いて作成。Left to Right レイアウト。CC0

最後に、ザハール・ブロンと並んで世界的に著名なヴァイオリン教師であるドロシー・ディレイの Left to Right レイアウトグラフを3つ比較しましょう。

1つ目は、前述のブログ記事「ドロシー・ディレイの弟子がたった6人なわけないやろ!ワイが修正したる!:クラシック音楽オタクが Wikidata Graph Builder で遊びながらデータを整備した話」で紹介した作業を行う前のもの(2024年7月3日作成)、2つ目はその作業を行なった後のもの(2024年7月3日作成)、3つ目は本稿で紹介した作業を行なった後のもの(2024年7月17日作成)です。ウィキデータを編集することによって、グラフを改善できるのだということを実感いただければ幸いです。

ドロシー・ディレイ直系の弟子についてのグラフ。2024年7月3日作成。CC0
ドロシー・ディレイ直系の弟子についてのグラフ。2024年7月3日作成(改善作業後)。CC0
ドロシー・ディレイ直系の弟子についてのグラフ。日本人の弟子についての情報が拡充している。2024年7月17日作成。CC0

感想など

以下、徒然なるままに感想を記します。

  • 「隣人の隣人」の情報が一目でわかることがウィキデータの魅力だと再認識しました。例えば、ウィキペディアのみを用いて「鷲見三郎の孫弟子」の情報を得るのはかなり時間がかかりますが、ウィキデータだと一瞬です。
  • とにかく出典の明記作業が面倒くさかったです。出典をコピーできるガジェットなどあれば今後使いたいですね。UseAsRef や Duplicate あたりが役立つかな……とは思ったのですが、よくわからなかったので今回はパスして手作業で記入しました。作業効率を高めるガジェットの勉強もしなくてはと痛切に感じました。
  • 本来「師匠」プロパティを設定したら、その師匠のウィキデータに「弟子」プロパティを設定するべきなのですが、作業量があまりに膨大になるので今回はパスしました。自動的に弟子プロパティを設定してくれる Bot がなければ、今後作ろうと思います。
  • ヴァイオリニストの師弟関係以外の文 (Statement) も充実させたいです。
  • 日本のヴァイオリニスト以外の演奏家の師弟関係もきちんと拡充させたいです。
  • 江藤俊哉の偉大さを改めて思い知りました。日本の第一線のヴァイオリニストを大量に輩出している……。
  • 「この人って、あのヴァイオリニストに師事していたんだ!」という発見があったので楽しかったです。
  • 今回登場した固有名詞(ヴァイオリニスト)はほぼ知っていたため、スムーズに編集を進めることができたのですが、前提知識がない分野だと思わぬところで苦労しそうだなと感じました。例えば、ヴァイオリン場合であれば、参考文献に「R.マン」や「D.ディレイ」といった略称が登場しても、それが誰を指しているか私は何も調べずともわかりますが、他の分野だとその調査に時間を取られそうです。

まとめ

日本のヴァイオリニストのウィキデータにおける師弟関係を記入した上で、Wikidata Graph Builder を用いてそれらを図示した模様について述べました。本稿がどなたかのお役に立てば幸いです。

Can you help us translate this article?

In order for this article to reach as many people as possible we would like your help. Can you translate this article to get the message out?

No comments

Comments are closed automatically after 21 days.