稲門ウィキペディアン会の Eugene Ormandy です。本稿では、福島幸宏「自治体史とデジタルアーカイブ」におけるウィキペディア関連の記述を紹介し、感想を述べます。
書誌情報
- 福島幸宏「自治体史とデジタルアーカイブ」『デジタル時代のアーカイブ系譜学』みすず書房、2022年、96-121ページ。ISBN 978-4-622-09555-2。
内容
この論考は「全国の多くの自治体で行われている自治体史事業を、地域のアーカイブを構築している事業と捉え、その現状と課題を」述べたものです (96ページ)。第2章「課題と展望」では、市民による資料のデジタル的な利活用が紹介されますが、その一例としてウィキペディアおよびウィキペディアタウンが取り上げられます。以下、当該記述を引用します。
自治体の記述などをもとに、他の情報とも組み合わせてウィキペディア上にリライトしていく、ウィキペディアタウンという活動も、日本においては2015年前後から活発になってきている。ウィキペディアタウンとは、地域の名所や旧跡などをウィキペディアの記事にして、地域をまるごとウィキペディアにしようというプロジェクトで、現在まで、日本国内に絞っても200回以上開催されている。これは地域情報の記述が他国版に比べて薄いという日本語版ウィキペディアの状況も背景にあるが、ともかくもウェブで頻繁に参照される場所に、自治体史の成果が投影されてきている。今後、もっと重視されてよい活動であろう。
上掲書、115ページ。
感想
「これは地域情報の記述が他国版に比べて薄いという日本語版ウィキペディアの状況も背景にある」という記述について、2点コメントします。
1 「他国版」という記述について
ウィキペディアは国別のプロジェクトではなく、言語別のプロジェクトです。例えば「日本版ウィキペディア」なるものは存在せす、実際に存在するのは「日本語版ウィキペディア」です。また、ある言語版のウィキペディアが特定の国からしか編集できないという制約もありません。マレーシアから日本語版ウィキペディアを編集することも、日本から英語版ウィキペディアを編集することも可能です。
よって、今回取り上げた論考における「他国版に比べて」という記述は不適切です。なお、言語版ごとの運営などといった、ウィキペディアの仕組みが気になる方は下記の解説ページ等をご覧ください。
2 日本語版ウィキペディアの質について
「地域情報の記述が他国版に比べて薄いという日本語版ウィキペディアの状況」という記述については、その判断根拠が気になりました。
たしかに、英語版ウィキペディアやドイツ語版ウィキペディアは、地域情報が比較的よくまとまっている印象があります。英語版ウィキペディアでニューヨーク関連の情報を整備しているUser:Epicgeniusさんの活動は世界的に著名ですし、日本語版ウィキペディア「Wikipedia:メインページ新着投票所/新しい項目候補」をウォッチしていると、ドイツ語版から翻訳された、ドイツの地方都市の記事をしばしば目にします。
しかし、全言語版と比較すると、日本語版ウィキペディアの規模はかなり大きい方です。日本語版ウィキペディア「Wikipedia:全言語版の統計」によると、2024年12月1日 (日) 00:14 (UTC) 現在、日本語版ウィキペディアの純記事数は全352の言語版中13位です。もちろん、この統計から日本語版ウィキペディア上の「地域情報」の充実度を把握することはできませんが、それなりに充実している方だとは推察されます。
言うまでもなく、日本語版ウィキペディアは改善されるべき点が大量に存在しますし、それらは大いに批判されるべきです。日本語版ウィキペディアが発展する上で、そのような指摘は必要不可欠ですからね。ただ、批判を行う際は、それが日本語やその他ユーザー数の多い言語のことしか念頭にない批判となっていないか、検証する必要があるでしょう。
個人的な話で恐縮ですが、私はウィキメディア・プロジェクトを活用した言語保存活動をサポートしています。「ウィキペディアは、自分の言語で作成された唯一の百科事典なんだ」と語り、1つでも多くの記事を書こうと意欲を燃やすウィキペディアンたちの姿を見ると、自分のモチベーションも大いに上がりますし、何より「ウィキメディア・プロジェクトは様々な言語ユーザーのために存在するプロジェクトであり、ウィキメディアについて語る際は、その理想を踏まえた上で言葉を発しなければ」という思いを新たにします。
1人の人間が話せる言語の数なんて限られています。しかし、世界には様々な言語が存在すること、それらの言語で情報がアーカイブされていること、そしてウィキメディア・プロジェクトはその多様性を尊重し発展させようと努力していることについては、心に留めておきたいと思います。
まとめ
福島幸宏「自治体史とデジタルアーカイブ」におけるウィキペディア関連の記述を紹介し、感想を述べました。なお、最後に語ったウィキメディア・プロジェクトを用いた言語保存活動については下記のとおりブログにまとめているので、興味がある方はご覧くださいませ。
- Eugene Ormandy「ウィキメディア・プロジェクトを活用した言語保存活動を概観する」『Diff』2024年11月7日。https://diff.wikimedia.org/ja/2024/11/07/ウィキメディア・プロジェクトを活用した言語保/
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