稲門ウィキペディアン会の Eugene Ormandy です。本稿では、2024年12月3日に東京都渋谷で開催されたイベント「三省堂 辞書を編む人が選ぶ『今年の新語2024』meets 国語辞典ナイト」に参加した感想をまとめます。
イベント概要
本イベントは、第1部「三省堂 辞書を編む人が選ぶ『今年の新語2024』」と第2部「国語辞典ナイト」の2部構成でした。
第1部
第1部「三省堂 辞書を編む人が選ぶ『今年の新語2024』」では、辞書編纂者たちが「今年の新語」を選出しました。なお、今年の新語の定義は「この2024年を代表する言葉(日本語)で、今後の辞書に見出しとして採録されてもおかしくないもの」とされています。また、選考委員は以下のとおりです。
- 小野正弘(『三省堂現代新国語辞典』編集委員)
- 飯間浩明(『三省堂国語辞典』編集委員)
- 山本康一(三省堂『大辞林』編集長)
イベントでは、エッセイスト古賀及子さんによる司会のもと、第10位から順番に「新語」が発表されました。また、それぞれの語が発表されるたび、辞書編纂者たちが独自の語釈を紹介しました。それぞれの辞書のカラーがあらわれていて、大変興味深かったです。
第10位 | 顔ない |
第9位 | インティマシーコーディネーター |
第8位 | PFAS |
第7位 | 公益通報 |
第6位 | メロい |
第5位 | スキマバイト |
第4位 | しごでき |
第3位 | インプレ |
第2位 | 横転 |
大賞 | 言語化 |
なお、第1位の「言語化」が発表された際、会場は「え、本当に?」という微妙な空気になっていました。実際、私も「第2位までに登場していないということは、今年の第1位は『界隈』だね」と予想しており、かなり驚きました(「界隈」は「選外」として登場しました)。ちなみに、イベント後の打ち上げでも、似たような予想をした人が何人かいました。
第2部
第2部「国語辞典ナイト」では、下記の辞書編纂者や辞書愛好家たちが、10年分の「今年の新語」を振り返りました。特に過去の「今年の新語」のうち、実際に辞書に収録された言葉などを振り返りました。
- 西村まさゆき(デイリーポータルZ・ライター、国語辞典・漢和辞典収集家)
- 飯間浩明(『三省堂国語辞典』編集委員、「今年の新語2024」選考委員)
- 見坊行徳(『三省堂国語辞典』初代編集主幹・見坊豪紀先生ご令孫、国語辞典マニア)
- 稲川智樹(現役校閲ボーイ、国語辞典マニア)
- 司会:古賀及子(エッセイスト)
リアクション
イベント中、私はパソコンを広げ、 X (Twitter) の「稲門ウィキペディアン会」のアカウント (https://x.com/ToumonWikipedia) で実況ポストを行っていました。あえて死語を使いますが、いわゆる「tsudaる」というやつです。
ポスト内容は主に、グーグルトレンドなどを用いた言葉の使用頻度の可視化と、ウィキメディア・プロジェクトにおける立項状況です。なお、ポストにあたってはハッシュタグ「#今年の新語」「#今年の新語2024」を用いました。
前者についてのポストは、例えば以下のとおりです。特に、第1位に選出された「言語化」の「データ可視化」を行いました。
- NDL Ngram Viewer で「言語化」と調べた結果。https://lab.ndl.go.jp/ngramviewer/?keyword=言語化&size=100&from=0&materialtype=full(ポストのリンク https://x.com/ToumonWikipedia/status/1863898015377084793)
- Googleトレンドで「言語化」と調べた結果。対象エリアは日本、期間は2004-現在 https://trends.google.co.jp/trends/explore?date=all&geo=JP&q=言語化&hl=ja(ポストのリンク https://x.com/ToumonWikipedia/status/1863899877375463870)
- 言語化」番外編。bookworm: HathiTrust で “verbalise” と調べた結果。2000年以降増加している。https://bookworm.htrc.illinois.edu/develop/#?%7B%22search_limits%22:%5B%7B%22word%22:%5B%22verbalise%22%5D,%22date_year%22:%7B%22$gte%22:1760,%22$lte%22:2010%7D%7D%5D%7D(ポストのリンク https://x.com/ToumonWikipedia/status/1863908118088024206)
また、私はウィキメディアンなので、特定の言語がウィキペディアやウィクショナリーでいつ頃立項されたのかについてもポストしておきました。
- 2017年の「今年の新語」大賞となった「忖度」について振り返っている。ちなみに日本語版ウィキペディアで「忖度」が立項されたのは2017年。(正確には2017年6月25日 (日) 14:10 UTC 版)。(ポストのリンク https://x.com/ToumonWikipedia/status/1863909891372650509)
- 一方、日本語版ウィクショナリーで「忖度」が立項されたのは2006年。正確には2006年1月10日 (火) 05:02 UTC 版。(ポストのリンク https://x.com/ToumonWikipedia/status/1863910306101289247)
- 2023年の「今年の新語」大賞に選ばれた「地球沸騰化」は果たして定着したのか問題。ちなみに日本語版ウィキペディアでは2024年8月に立項されているが、「地球温暖化」へのリダイレクトとなっている。(ポストのリンク https://x.com/ToumonWikipedia/status/1863913807866937351)
なお、稲門ウィキペディアン会のアカウントで行ったポスト一覧については、since 検索などを用いてご確認ください。下記リンクからも確認可能です。
感想
私も選評委員になったつもりで、このイベントを論評してみます。まず総評を述べたのち、個別のトピックについて深掘りします。
総評
アーカイブの持つ力が活用された、とても楽しいイベントでした。また、大賞を「言語化」としたのは、興行として大正解だったと思います。明らかに話題になりますし、実際なりましたからね。一方、言語化という言葉を「言語化」するだけにとどまらず、その「データ可視化」が行われるとなお良かったのではと感じます。また、「SNS」がXだけを指してはいないか、生成AIの影響がほとんど言及されていないのはいかがなものか、とも思いました。
計量的でない、質的な手法で言葉の「ランキング」を作成し、その発表をエンターテインメント商品として販売する本イベントは、当然ですがいわゆる学術的なシンポジウムとは一線を画します。ただし、イベント中も指摘があったとおり、年数を重ねることで本イベントはもはや「市井の言葉のアーカイブ」としての重責を担うようになったともいえます。
観客を楽しませた上で、しっかりと利益を産む「興行」としての役割と、言葉のアーカイブを作成し、辞書編纂者ごとの細かい解釈の違いを味わう学術的な場としての役割とのバランスをうまく取りながら、本イベントが今後も末長く継続していってほしいところです。そして願わくば、イベントそのもののアーカイブもきちんと作成されてほしいものです。そのアーカイブが蓄積されることで、また新たな魅力的な企画が生まれると思うので。
本イベントの継続・発展、そして辞書文化の繁栄を、いち辞書ファン、そして辞書産業の「隣人」たるウィキメディアンとして、心より祈念しております。
各論1. アーカイブの力
とにかく、このイベントは楽しかったです。その要因はいくらかありますが、最大の要因は「過去の『新語』と現在の『新語』を比較すること自体が面白かったから」でしょう。1人でふむふむと聞くのはもちろん、周りの参加者たちと「『忖度』が選ばれたのって2017年なんですね」「2016年に選ばれた『スカーチョ』はすっかり聞かなくなりましたね」などのおしゃべりをするのも、非常に楽しかったです。
これは、アーカイブをきちんと作成し、イベントを継続していたからこそ実現したものでしょう。過去の記録を作成する面倒くささや、それらの記録がいつの間にか散逸していく現実を嫌というほど知っている人間からすると、これは奇跡的なことだとすら感じます。アーカイブの作成・維持、そしてイベント継続に尽力された全ての皆様に敬意を表します。
改めて「アーカイブは学術的な意味を持つだけではなく、観客を楽しませるキラーコンテンツを産むきっかけともなる」ということを再認識できました。だからこそ、新語に選出された言葉のみならず、このイベント自体のアーカイブも、きちんと作成され続けてほしいなと強く思います。新たなキラーコンテンツが生まれるきっかけになると思うので。
各論2. 「言語化」の選出
先述のとおり、「今年の大賞は『言語化』です」と発表された際、会場は微妙な空気になりました。「果たしてこれは『新語』なのだろうか。昔からある言葉な気がするけれど……」とほとんどの人が感じたと思われます。実際、イベント後のSNSでも、似たような感想が散見されました。
ただ、このチョイスは、興行として大正解だと私は思います。なぜなら、賛否を問わず多くの人が「ちょっと一言」物申したくなる、絶妙なラインだからです。要は、話題になる可能性が高いということです。
「おそらく誰1人として予想していなかった言葉だが、その言葉自体はほとんどの人が知っている」「説明を聞けば納得する部分はあるものの、『新語』として提示されることには違和感を抱く」「純粋に『今年の新語』を楽しみにしているビギナーも、メタ的に楽しみたいマニアもモヤモヤした気持ちを抱き、それを『言語化』したくなる」これらの条件を全て満たす選出はそうないでしょう。見事というほかありません。
実際、X (Twitter ) での反応も比較的好調です。選考委員のひとり飯間浩明さんの X (Twitter) アカウントを対象として、「今年の新語」というキーワードでfrom検索を実行すると、2024年のポストは反応がいいことがわかります。
- 特に反応がよかったポスト。リポストが1,000を超えている。https://x.com/IIMA_Hiroaki/status/1863893226131960081
- from 検索の結果 https://x.com/search?q=from%3AIIMA_Hiroaki%20今年の新語&src=typed_query&f=live
また、「言語化」をタイトルとした書籍、およびその著者たちとのコラボレーション展開も期待できます。実際、2024年にかなり売れた本の一つ『「好き」を言語化する技術』の著者である三宅香帆さんも、X (Twitter) で以下のように反応しています。
「言語化」の新語大賞への選出をきっかけとして、辞書関係者が様々な場に登場するようになるといいなと個人的には思っています。
各論3. 足りなかったのはデータ可視化
とはいえ、もちろん物足りなかった点はあります。それは「データ可視化」です。
「言語化」という言葉が指すものや、それが新語対象に選出された理由は、授賞式においてきちんと「言語化」されていました。また、イベント後に公開された選評でも、以下のようにまとめられています。
この「言語化」は、かつては学術用語であり、長らく硬い文章語として使われてきました。「一般化」「正当化」などを載せる国語辞典でも、「言語化」は項目を立てませんでした。それが最近、誰もが使う日常語に変わってきました。「言語化」は、人々が気づかずに使っている「新しい言い方」なのです。
(略)
「言語化」が広まる様子は、全国紙4紙(読売・朝日・毎日・産経)での使用状況からもうかがわれます。2010年代まで「言語化」の4紙合計の出現件数は毎年10件未満~50件程度で推移していましたが、その後件数が増え、2020年代は200件以上に達する年が多くなっています。各年代のデータベースの規模の変化を考慮しても、使用頻度はかなり高くなったと言えます。
「「今年の新語 2024」の選評 2. かつては学術用語だった「言語化」」https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/shingo/2024/best10/Preference02.html(2024年12月14日アクセス)
ただ、残念ながらその「データ可視化」は、授賞式において行われませんでした。具体的には、新聞や各種データベースにおける「言語化」の使用件数のグラフなどが示されませんでした。
正直なところ、「大賞の選出に計量的な観点が大きく影響している以上、データ可視化を行ってその選出基準をより説得的なものにするとよいのに……」と感じました。また、「効果的なグラフがあればSNSで『バズる』可能性もあるのに、もったいない!」とも思いました。余談ですが、「リアクション」の章で示したような、データ可視化ポストをイベント中に行っていたのは、この憤りゆえでもあります。
なお、イベント終了後の12月5日、選考委員の飯間浩明さんは自身の X(Twitter) アカウントにて「(イベントでは)数値化した資料を用意していませんでした。席上で数値を示せればよかったと思います」と発信し、様々なグラフを示しています。イベント後にきちんと補足が行われたのは喜ばしいことだと思います。
- https://x.com/IIMA_Hiroaki/status/1864439500619042873
- https://x.com/IIMA_Hiroaki/status/1864439604126077387
- https://x.com/IIMA_Hiroaki/status/1864442086571008160
余談ですが、三省堂による選考結果発表ページには、ランキングを作成する前に各選考委員が自身の判断でピックアップした10単語が挙げられています。これを確認すると「『言語化』をピックアップしたのは飯間浩明さんのみ」という事実が判明します。選考委員たちの議論において、飯間さんが「言語化」をかなり強く推薦したことが推測できますね。
さらに興味深いのは、飯間先生が「データドリブン」という言葉を候補に挙げていることです。上述のとおり、この語は入賞しませんでしたが、直感的には「新語」とは思えない「言語化」を大賞とするにあたり計量的な視点が重視されていることを踏まえると、さもありなんと感じました。だからこそ余計に、「データドリブン」であることをわかりやすく「可視化」した発表が行われるとよかったなと思います。
余談中の余談ですが、実は私は「大賞ではないにせよ、10位以内に『データ可視化』は入るのでは」と予想していました。恐らく来年あたり入賞するのではという気がしています。
各論4. SNSとはXなのか
また、選評にしばしば登場する「SNS」について、より詳しい説明が欲しかったなとも感じました。率直にいうと「選考委員が『SNS上で』と語るとき、X (Twitter) 以外のSNSのことをどれだけ意識しているのかな?」と思いました。
実際、選評を確認すると、X 以外に言及された具体的なSNSは「LINE」のみです。しかも登場回数は1回のみ。また、市民から投稿された新語候補に「BeReal」がありましたが、選考委員による選評には登場しません。
もちろん、これは仕方がない面もあるかと思います。X 以外のSNSは検索クオリティがあまり高くない印象がありますし、そもそもテキストがメインコンテンツではないSNSも数多くあります。また、Instagram における「ストーリー」のように、生成した後すぐに検索不可能となってしまうテキストも少なくありません。
しかし、そのような状況だからこそ、X以外のSNSに対する姿勢を明確にした上で「SNS」に言及してほしかったなと思います。もし参照していたのであればその方法や特色を、もし参照していなかったのであればその理由と正当性を示してほしかったなと感じます。
若い世代における X (Twitter) の存在感はもはやそこまで高くないという指摘もいくらか目にします。この傾向がどの程度継続するかは不明瞭ですが、少なくとも「SNSといえばX(Twitter)のことだよねという時代は過ぎた」と認識した方がいいことは、論をまたないでしょう。
各論5. 生成AIの希薄な存在感
また、生成AIに関連する言葉が選評に登場しなかったことは少々驚きました。「ハルシネーション」が第2位に選ばれた2023年とは対照的に、2024年は直接的に生成AIに関する言葉はランキングに登場しません。なお、「言語化」が大賞として発表された際、私は「ああ、これはプロンプトエンジニアリングが台頭した影響もあるだろうな」と感じたのですが、少なくとも現場でのコメントや選評では言及されず(私が聞き逃した可能性もあります)、意外に感じました。
各論6. ランキングというナンセンスな形式を引き受ける興行として
そもそも、数値化できないトピックを対象としたランキングはきわめてナンセンスです。しかし、もしくはそれゆえに、ランキングは大きな人気を博しています。「偉大な野球選手ベスト10」「美味しいカレー屋ベスト10」「住みたい街ベスト10」などなど、同じような企画が何度も何度も繰り返されるのは、その人気ゆえでしょう。しかし、「第7位と第8位の厳密な差は何?」という問いに、誰もが納得できる明確な答えを返せる人間はいません。もちろん、これは「今年の新語」にも当てはまります。
ただ、データ可視化の必要性を説いた舌の根も乾かぬうちに矛盾するようなことを言いますが、「今年の新語」というイベントは、この計量的な曖昧さを引き受け、人口に膾炙するコンテンツを提供し続けていってほしいと思います。学術的に意味のある「ランキング」を作成したいのであれば、質の高いコーパスを用いて、特定の尺度を設定し、検索を実行すればいいだけです。そしてその行為は恐らく、エンターテインメントとして客を呼ぶことはできません。我々辞書ファンは、本来であれば測定できない「ことば」をめぐる動向を無理やりランキング化する辞書編纂者たちの、傲慢と偏見と教養に基づく高度なパフォーマンスに金を払っているのです。
ランキングというナンセンスな形式を引き受けた興行を実行する以上、しっかり観客を楽しませて、利益を上げ、辞書産業と辞書文化を発展させてほしいなと、いち辞書ファンとしては願うばかりです。
その一方で、「今年の新語」は単なるエンターテインメントではありません。イベントでも言及されたとおり、このイベントの学術的意義は大きいといえます。飯間さんも指摘したとおり、一般市民たちから投稿された「今年の新語」候補は、三省堂にとって大きな財産となるでしょう。また、編纂者たちの辞書観の違いを示すアウトリーチ活動としても貴重な存在です。
「今年の新語」そしてもちろん「国語辞典ナイト」も、エンターテインメント商品としての性格と、学術的な意義のバランスをうまく取りながら、発展していってほしいものです。私は今後もいち観客として、金を払い、学び、知人・友人に宣伝し、アーカイブを作成しようと思います。
まとめ
「三省堂 辞書を編む人が選ぶ『今年の新語2024』meets 国語辞典ナイト」に参加した感想をまとめました。ウィキメディア・プロジェクトの話はほんの少ししか登場しませんでしたが、ご容赦くださいませ。
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