WikipediaSanko参加記:コモンズ編集の見地から

三康文化研究所附属三康図書館は、東京都港区芝公園に所在する私立図書館です。この図書館で2023年2月にエディタソンを開催するという話は以前から聞き、ありがたいことに招待を受けていましたが、大雪のために延期され、6月9日が本番となりました。イベントの全体的なレポートはこちらでEugene Ormandyさんがまとめてくださっているので、ご参照ください。

三康図書館について

職員の方が、ロビーに展示されている古写真を紹介してくださいました。この館の源流は1902年に麹町で開館した私立大橋図書館で、すでに120年以上の歴史があることになります。当時まだ多くの図書館は閉架書庫で、窓口を介した出納が行われていましたが、大橋図書館は戦前の時点で開架制を取り入れ、来館者が書架の前を歩いて本を直接選べるようになっていたそうです。古写真には、書架の奥の空間から顔を覗かせる職員が写っています。来館者が書架の本を押して合図すると、職員がその本を書架の奥で回収し、手続きをしたわけです。

書庫に入ると、期待どおり魅力的な古書が並んでいます。書庫は何室にも分かれており、分類排列のおかげで部屋ごとに個性さえ感じます。ある部屋には雑誌、ある部屋には発禁本、ある部屋には古典籍が豊富です。西武鉄道が発行する車内情報誌も収めていました。これはおそらく灰色文献と呼ぶべきもので、残しているのは貴重です。

西武鉄道の冊子などが集まる棚。
[[File:Stacks of Sanko Library 11.jpg]] Uraniwa, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

閲覧室に戻ると、作業の時間です。私は編集すべき記事に当てがなかったので、著作権切れ資料の写真撮影とウィキメディア・コモンズへのアップロードに徹することにしました。テーブルには江戸料理に関する古典籍などが並べられていました。それらの挿絵のうち4点を愛用のカメラで撮って公開しようとしましたが、ここには様々な選択がともない、本稿をまとめる間にさえ、メタデータの体裁は幾多の変遷を経ることになりました。

以下は、エディタソン当日から約1か月間にわたる作業を振り返ったものです。一定の予備知識を要する内容も含みますが、なるべく平易に述べようと思います。

作者の確認と登録

まずは、肝心の作者が誰なのか確認する必要があります。著作者名を明らかにするか「無名の著作物」とするかによって、著作権の保護期間の扱いが変わります。前者ならば著作者の死亡から起算、後者ならば作品の公開(発行)から起算するのです。江戸時代の古典籍ともなると著作権の保護期間が続いているとはまず考えられませんが、それでも画工の名を明らめてメタデータとして提供できるに越したことはありません。

画工の名は見返しや扉に明記されていることも多いものの、そこにない場合は絵に伴っている落款などを頼ることになります。料理本のひとつ『料理通』には(見落としているのかもしれませんが)画工名が見当たらず、所収の「八百善亭」図をアップロードするにあたっては同図の印を「紹真」と読み、また前のページの絵に同じ印と「蕙斎筆」の署名が見えたことから、蕙斎鍬形紹真こと北尾政美のものとみて登録しました。

鍬形紹真(北尾政美)筆「八百善亭」図。左上に「紹真」の印。
[[File:Yaozen, 1822.jpg]] via Wikimedia Commons

作者がウィキデータのアイテムとして登録されている場合、{{Creator}}というインフォボックスを使ってファイル情報に記入し、紐付けることができます。例えばウィキデータに登録された北尾政美のIDはQ3197564なので、ファイルページに{{Creator|Wikidata=Q3197564}}と記入することで、手軽に作者情報を参照できるようになります。

ただ、今回はやや違った方法をとりました。コモンズにはCreatorという名前空間があり、[[Creator:Kitao Masayoshi]]のようにページを作って{{Creator}}を貼り付け、各事項を記入すると、他のページで{{Creator:Kitao Masayoshi}}と記入することでそれをテンプレートとして読み込めます。クリエイターごとにインフォボックスの既成品を用意できるというわけです。作業中、浮世絵師たちの「既成品」が予想外に充実していることがわかり、今回は{{Creator:Kitao Masayoshi}}のほか、{{Creator:Keisai Eisen}}{{Creator:Utagawa Kunisada (I)}}を使用しました。履歴を確認したところ、3つともブルックリン博物館のボット(User:BrooklynMuseumBot)が早くも2010年7月に作成したものでした。やはりGLAMの協力は非常に心強いものです。

{{Creator:Kitao Masayoshi}}を展開した様子。2023年7月4日02:38時点における版。

ライセンスの付与

今回撮影した古典籍のページは弧を描いて盛り上がり、「複製した」と称せるような品質にはなりませんでした。コモンズの{{PD-Art}}などは「パブリックドメインの状態にある平面的な美術の著作物を写真術によって忠実に複製したもの」に使えますが、今回の画像群がこれに合致するかと考えると、大いに疑問が残ります。「忠実に複製したのではなく、単に撮影しただけのファイルの例はないものか」とコモンズ内を渉猟したところ、ウィキメディア・スイスの支援を受けて作成された[[File:Leonardo da vinci, la gioconda, 1503-06 circa.jpg]]を見つけました。額縁を含んだモナ・リザの写真ですが、著作権の切れたモナ・リザという作品の単なる複製としては扱わず、撮影者によってCCライセンスが付与されています。最終的には私もこれに倣って{{Art Photo}}を導入することにしました。このテンプレートでは、撮影した写真と、その写真の被写体となった作品とで、別々にライセンスを指定することができます。前者は迷わず{{CC-zero}}(CC0, クリエイティブ・コモンズ0)を選び、パブリック・ドメイン(以下:PD)として提供することにしました。

後者、すなわち被写体となった「八百善亭」図のライセンスとしては、{{PD-Japan}}および{{PD-US-expired}}の併記が穏当です。著作権切れの平面美術作品にライセンスを付与するにあたり、気をつけるべき点は2つあります。

1つは、安直に{{CC-zero}}を選ばないことです。これはあくまで著作者が著作物を自分の意志でPDにした場合にこそ適用できるのであって、保護期間満了につき著作者の意志と関係なくPDになった作品には不適当でしょう。著作権保護期間を満了した日本の書画には{{PD-Japan}}を(写真には{{PD-Japan-oldphoto}}を)表示しなくてはなりません。

2つ目に、コモンズでは著作物の本国に加え、米国における著作権状態をも明記する必要があります。当初の作業では{{PD-Japan}}だけにしていたため、後者を欠いていることに後から気づき、{{PD-US-expired}}を追加しました。{{PD-Japan}}には「アメリカ合衆国のPDタグも貼る必要があります」とちゃんと書いてあります。著作権タグの文言はよく読むように留意したいものです(ちなみに{{PD-Japan-oldphoto}}のほうは、適用対象となるファイルの著作権が米国でも自動的に切れているので、併記不要です)。

書誌情報の明記

最後に原典の入力です。私は古典籍の書誌情報を記述するためのノウハウに疎く、当日はとりあえず「三康図書館蔵『江戸流行料理通』(八百善主人 著)」などのように記入しました。書名もまた外題をとるか内題をとるかで悩みつつ、整理しきれない状態で帰宅しましたが、後日、国立情報学研究所が公開している国書データベースの存在を思い出して、外部リンクとして貼り付けました。このデータベースは国内で発行された古典籍を網羅しており、所在ごとにIDが振られているので、これさえ紐づければ「三康図書館の所蔵している『料理通』」という個体まで同定可能です。国書データベースは2023年3月に稼働したばかりですが、今後ウィキメディア・ムーブメントの内外で広く活用されていくでしょう。

これにてひとまず作業が完了しました。アップロードした古典籍画像は、[[File:Funabashiya, 1841.jpg]] / [[File:Ikitsuki Geitazaemon.jpg]] / [[File:Ikitsuki Geitazaemon in Osaka.jpg]] / [[File:Yaozen, 1822.jpg]]の4点です。

おわりに

古典籍を手ずから撮影してコモンズに投稿するような貴重な体験は、私にとっては初めてでした。画像の撮影・スキャンの技術など、根本的なところを修めておらず未熟ですが、メタデータの付与の技法についてはよい演習になったと思います。{{Art Photo}}というテンプレートや、Creator名前空間の充実などを発見できたことは大きな成果です。今後、ファイルの主題をよりわかりやすく、かつ見つけやすくするために、ファイル名の付け方についても研究を深めたいところです。

また作業の過程で、ブルックリン博物館の活躍の一端をあらためて発見し、GLAMとの連携がウィキメディア・ムーブメントに資するところ大であるのを感じました。三康図書館の皆さまのご協力も同様に心強く、今後WikipediaSankoやそれに類する試みが一層の発展を遂げるよう、助力するつもりです。