ウィキペディアンの読書記録 #7 時実象一『デジタルアーカイブの新展開』

ウィキペディアンの読書記録第7弾。今回は時実象一『デジタルアーカイブの新展開』における、ウィキペディアウィキメディア・コモンズに関する記述を紹介します。

構成

本書では、様々なデジタルアーカイブが紹介されます。ウィキペディアは、219ページから225ページの「ウィキペディアと市民アーカイブ」という節で大きく取り上げられますが、その他のセクションでもしばしば登場します。

本稿ではまず、ウィキペディアに関する細かい記述を取り上げたのち、「ウィキペディアと市民アーカイブ」の節を分析します。

その1 米国デジタル公共図書館とウィキペディア

67ページから69ページにかけて紹介される、米国デジタル公共図書館 (Digital Public Library of America : DPLA) の節において、ウィキペディアとウィキメディア・コモンズが登場していました。当該箇所を引用します。

(引用者注 : DPLAは)ウィキペディアとの提携も行っており、Chrome ブラウザのプラグイン WikipediaDPLA をインストールすると、ウィキペディアの検索結果から DPLA のコンテンツにリンクが記載されている。

また2019年よりスローン財団の助成を受け、DPLA の協力館が収集した画像等をウィキメディア・コモンズに登載するプロジェクトが開始された。すでに140万点の写真、文書、地図などが登載されている。ウィキメディア・コモンズはデジタルアーカイブ・コンテンツの比較的安全な収納場所であると考えられる。後述するウィキペディア・タウンでも、収集した写真などはウィキメディア・コモンズに登載している。

時実象一『デジタルアーカイブの新展開』勉誠出版、2023年、67-69ページ。

DPLA とウィキメディア・コモンズの提携については、ウィキメディア・コモンズ上のプロジェクトページ [[Commons:Digital Public Library of America]] にまとまっています。なお、私が主催する早稲田Wikipedianサークルと稲門ウィキペディアン会の勉強会レポートでも、DPLA の提携事例について言及していますので、ご興味のある方はご覧ください。

その2 著作権に抵触せず自由に使える写真

デジタルアーカイブにおける写真について紹介する節でも、ウィキメディア・コモンズが登場していました。当該箇所を引用します。

著作権に抵触せず自由に使用できる写真アーカイブとしては、ウィキメディア・コモンズやフリッカーの The Commons がある。どちらも日本語でも検索できるが、見つからないときは英語でも試す必要がある。これらをまとめて検索するには、Openverse(元 CC Search)が便利である。使用条件(商用を含む、改変を含む)を設定して検索することができる。

時実象一『デジタルアーカイブの新展開』勉誠出版、2023年、84ページ。

なお、前章の DPLA 同様、フリッカーもウィキメディア・コモンズと提携しています。ご興味のある方は、下記の記事をご覧ください。

その3 ウィキペディアのウェブ出典のリンク切れ

ウェブアーカイブに関する節でも、ウィキペディアが登場していました。当該箇所を引用します。

調べ物に広く使われているウィキペディアでは本文の記述に対する出典が示されており、利用者には大変役に立つ。しかし多くがウェブの情報のため、リンク切れがしばしば発生する。しかし、サイトが閉鎖されたり、ページが削除されたりしてリンクが切れていても、ウェイバック・マシーンに拾われていれば元のページを読むことができる。

たとえば英語の「イースター島」(Easter Island) のページには多数の出典の記載があるが、出典89には「Archived from the original on 6 December 2008. Retrieved 21 December 2014.」と記載されており、タイトルをクリックするとウェイバック・マシーンに保存された元のページに誘導される。

この機能は極めて便利なのだが、今のところウィキペディアの英語版でしか実現していない。しかし、日本語版の出典でリンクが発生したら、そのURLを使ってウェイバック・マシーンで検索すれば、見つかる可能性は十分ある。

インターネット・アーカイブでは、これに加えて、参照された書籍についても、インターネット・アーカイブが電子化した書籍にリンクするサービスも行なっている。

時実象一『デジタルアーカイブの新展開』勉誠出版、2023年、151-152ページ。

指摘するべき点が、少なくとも2つあります。

まずは1点目。ウィキペディアの出典欄にウェイバック・マシーンのアーカイブを表示する機能について、著者は「今のところウィキペディアの英語版でしか実現していない」と指摘していますが、これは間違っています。[[Template:Cite web]] の引数 archiveurl にアーカイブ版の URL を入力すれば、オリジナルの URL とアーカイブ URL が日本語で案内されます。先述の勉強会レポートでもこの機能を紹介しているので、興味のある方はご覧ください。

2点目は、参照したウィキペディア記事の版が示されていないことです。著者は、英語版ウィキペディアの記事 [[Easter Island]] を取り上げ、「出典89には『Archived from the original on 6 December 2008. Retrieved 21 December 2014.』と記載されており〜」と論じています。しかし、本稿を執筆している時点で同ページを参照すると、出典89は「Steadman 2006, pp. 248–252」とあります(参照した版は 2023年6月7日 (水) 10:03 (UTC) 版)。

ウィキペディアは、基本的に誰でも編集が可能なプロジェクトなので、内容が変化する可能性は常に存在します。そのため、ウィキペディア記事のどの版を参照したか明記しなければ、上記のようなすれ違いが生じるのです。版の指定方法は色々あるので [[Help:固定リンク]] などをご参照ください。

その4 安易なウィキペディアの引用への危惧

日本の文部科学省が推進する GIGAスクール構想を紹介する節でも、ウィキペディアが登場していました。

GIGAスクール構想では生徒1人に1台の端末を配って授業をICT化するとしている。プログラミングやデジタル教科書に並んで、重視されているのが、ウェブでの課題調査や資料調査であるが、問題は何を調査するかである。先生が生徒に適当にGoogle検索させると、誰が書いたかわからないブログや、歴史修正主義的なYouTube動画にたどりつく恐れがある。またウィキペディアのテキストをコピペしてレポートにするといった危惧もある。

この時信頼できるコンテンツを提供するのが、新聞と前述のジャパンサーチだということができる。また、教育用に特別に作成された素材もあるので紹介しよう。

時実象一『デジタルアーカイブの新展開』勉誠出版、2023年、151-152ページ。

この指摘は至極もっともだと思います。

その5 ウィキペディアと市民アーカイブ

先述したとおり、219ページから225ページの「ウィキペディアと市民アーカイブ」という節で、ウィキペディアが大きく取り上げられています。この節は「デジタルアーカイブとウィキペディア」「教室でウィキペディアを学ぶ」「ウィキペディアタウン」という3つのパートからなります。

1 デジタルアーカイブとウィキペディア

「ウィキペディアとは何か」という問いに対し、著者は自身の記事「ウィキペディアと図書館」を参照しつつ、以下のようにまとめます。

  1. ウィキペディアはボランティアが作っている百科事典である。
  2. ウィキペディアの記事は誰でも書けて、誰でも編集できる。何の資格もいらない。パスワードもいらない。
  3. ウィキペディアの記事の品質は、お互いのチェックだけで保たれている。
  4. ウィキペディアは寄付だけで運営されている。

そして著者は「ウィキペディアはネット社会が生んだ、ある意味では理想的な協同作業の集合体である」「ウィキペディアは明らかにデジタルアーカイブの一角ということができる」と評します。

なお、ウィキペディアの定義については様々な議論があります。気になる方は [[Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか]] をご覧ください。

2 教室でウィキペディアを学ぶ

また、著者は「専門家が積極的に正しい項目を作っていこうという活動もある」と指摘し、著者が行なった愛知大学における授業を紹介します。なお、この取り組みについては下記論文で詳述されています。

余談ですが、本書における上記論文の書誌情報は間違っています。具体的には、論文の発行年が2013年ではなく2021年となっています。本書を読む際はご注意ください。

3 ウィキペディアタウン

続けて、ウィキペディアタウンが取り上げられます。著者はウィキペディアタウンを「市町村あるいは地域において、自分たちのまわりの事物やイベントについてのウィキペディアの項目を新たに作成したり、既存の項目に情報を追加しようとするもの」と説明しつつ、写真や動画を撮影してウィキメディア・コモンズにアップロードする試みも紹介します。

そして「ウィキペディアタウンを実施すると、写真などのデータが収集でき、また図書館の協力を得ることでさまざまな資料が発掘される。地域のデジタルアーカイブに極めて適している」と評します。

なお、224ページには、2022年に開催されたウィキペディアタウンの一覧が示されています。とても良い試みだと思いますが、出典が明示されていないのは残念です。なお、著者が参照したページは、おそらく [[プロジェクト:アウトリーチ/ウィキペディアタウン/アーカイブ]] だと思われますので、ご興味のある方はご確認ください。

また、細かい点ですが「ウィキペディアタウン」「ウィキペディア・タウン」という表記ゆれがあるのは、あまりよろしくないなと思いました。

まとめ

本書は良質な概説書だと思います。ウィキペディア以外にも様々なデジタルアーカイブが取り上げられており、それらの大まかな利点と問題点を知ることができました。しかし、ウィキペディアンとして「ここはもっと踏み込んでほしい」と感じた点があったのも事実。そこで、本稿で補足・修正を行いました。

本稿が、ウィキペディアやデジタルアーカイブに関心がある人のお役に立てば幸いです。