ウィキペディアンによる読書記録の第1弾。今回取り上げるのは、岡田一祐「資料を世界につなぐということ--ウィキメディア・コモンズからの思いめぐらし」です。
書誌情報
- 岡田一祐「資料を世界につなぐということ--ウィキメディア・コモンズからの思いめぐらし」『ネット文化資源の読み方・作り方--図書館・自治体・研究者必携ガイド』文学通信、2019年、47-51ページ。
なお、この論考はもともと、メールマガジン『人文情報学月報』51号(2015年10月)の記事として公開されました。
内容要約
この論考は「ウィキペディアを運営するウィキメディア財団とは」「知識を全世界に広めることを使命とする」「プラットフォームとコミュニティー」という3章から構成されます。
ウィキペディアを運営するウィキメディア財団とは
著者はまず、ウィキペディアを運営するウィキメディア財団について説明します。ウィキメディア財団は非営利団体で、ウィキペディア以外にも、ウィクショナリーやウィキメディア・コモンズといったプロジェクトを、再利用が可能な形で運営しています。
知識を全世界に広めることを使命とする
著者は続けて、2015年10月11日と12日に行われた OpenGLAM JAPAN シンポジウムにおける、ウィキメディア財団事務長ライラ・トレティコフさんの発表を紹介します。
トレティコフさんはシンポジウムにおいて、ウィキメディア財団とコンテンツ収蔵機関との提携事例を2つ紹介しました。
1つ目はドイツ連邦文書館の事例です。これは「ドイツにおけるウィキメディアンの組織であるウィキメディア・ドイツとドイツ連邦公文書館の連携のもと、ウィキメディア・コモンズに対してドイツ公文書館の持つ未整理の近代写真をアップロードし、ウィキメディア・コモンズでメタデータを必要に応じて付与、両者で共有するというもの」で、8万点の資料がアップロードされました。
2つ目は、アメリカ国立公文書記録管理局の事例です。これは「公文書館の所蔵する文書をウィキメディア・コモンズにアップロードしたうえで、ウィキソースという文字資料のリポジトリで翻刻する」プロジェクトです。
プラットフォームとコミュニティー
著者は最後に「ドイツ連邦公文書館などは、おそらくは、へたに Google などと組むよりもよほど資料を利用可能にすることに成功できたのではないだろうか」と指摘しつつ、「ウィキメディア・プロジェクトから学ぶこと、あるいはウィキメディア・プロジェクトと手を組むことには、まだまだ可能性があるのではないだろうか」と結論づけます。
感想
この論考は、ウィキメディア・プロジェクトにまつわるイベントのアーカイブとして、大変貴重だと思います。シンポジウムやミートアップの記録は、フェイスブックのページや、ウィキペディア上のプロジェクトページ [[Wikipedia:お知らせ/2015 Wikimedia Tokyo meetup with Lila]], さらには国立国会図書館が運営するカレント・アウェアネス・ポータルの記事にもまとまっているのですが、トレティコフさんの発表については、この論考が最もわかりやすくまとめています。
また、シンポジウム・ミートアップ時のツイートをまとめた Togetter が、脚注で紹介されているのも良いなと思いました。当時の反応を知ることができますし、SNS上での言説はウィキペディア利用者に影響を与えていますからね。ちなみに、本稿を執筆している2023年4月には、ツイッター社が消滅してX社に合併されることが発表されました。これらのツイートおよびまとめサービスも、いつ消えるかわからない状況なので、急いで Wayback Machine でウェブアーカイブを作成しました。なお、上記フェイスブックページのアーカイブも併せて作成しています。
トレティコフさんの発表で取り上げられた、ウィキメディア財団とコンテンツ収蔵機関との提携事例が、図書というメディアで紹介されたことも、大変嬉しく思います。ウィキメディア・プロジェクト以外のメディアで、ウィキメディア・プロジェクトの動向が取り上げられることで、ウィキメディアンではない方にも関心を持っていただけるのではないのでしょうか。これを読んだ文書館等の職員が「自分の館でも試してみよう」と思ってくれると嬉しいですね。
なお、ウィキメディア・コモンズとコンテンツ収蔵機関の提携事例については [[Category:Commons partnerships by country]] で確認できます。著者が紹介したドイツ連邦文書館の事例は [[Commons:Bundesarchiv]] というページに、アメリカ国立公文書記録管理局の事例は [[Commons:National Archives and Records Administration]] というページにまとまっています。ちなみに、私は [[カール・ミュンヒンガー]] という指揮者のウィキペディア記事を加筆した際、ドイツ連邦文書館がアップロードした画像 [[File:Bundesarchiv B 145 Bild-F026295-0021, Bonn, Konzert Landesvertretung Baden-Württemberg.jpg]]を活用しました。ウィキメディア・コモンズでミュンヒンガーの画像を探していたところこの画像がヒットし、それを機に上記のような提携事例を知りました。

文書館等の資料がウィキメディア・コモンズにアップロードされ、その資料がウィキペディアなどの他のプロジェクトに活用されるというケースは、今後増えてほしいなと思います。文書館・ウィキメディアンの双方にとってメリットがありますからね。ただし、私見ですがこのような提携事例の知名度は、ウィキメディアンの間ですらあまり高くないように感じます。そのため、今後は広報の仕方についても考えていく必要があるのかなと思いました。本稿がその一助となれば幸いです。