ウィキペディアンの読書記録第8弾。今回取り上げるのは菊地成孔「YouTube的JAZZ入門 2020年代的検索から入る、新しい入門」です。ウィキペディアに関する記述をピックアップして、感想を述べます。
書誌情報
- 菊地成孔「YouTube的JAZZ入門 2020年代的検索から入る、新しい入門」『BRUTUS』2023年3月1日号、26-27ページ。大宅壮一文庫登録番号 000070608。
ウィキペディアに関する記述
この記事は、音楽家の菊地成孔へのインタビュー記事です。菊地は「YouTubeを活用してジャズに入門しよう」と謳い、YouTubeとは対照的な存在として、ウィキペディアを例に挙げます。
「初心者が、ウィキペディアで『ジャズ』と検索し、文字で情報を得ようとすれば『ニューオリンズ発祥』とか『ポリリズム』とか書いてあって、歴史の長さに打ちのめされるはずです。しかし、(引用者注 : YouTubeで)検索していけば実際に演奏を聴くこともでき、『自分が好きなのは、この時代の、こういう曲かな』ということがわかる。極端なことをいえば、チェット・ベイカーにのめり込むように、1人だけ推しをつくったほうが、楽しいのかもしれません」
前掲書、27ページ。
「百科事典」ウィキペディアを編集する人間として感じたこと
ウィキペディアンである私は、この記事を読んで複雑な気持ちになりました。
菊地が指摘するような「ざっくりと『ジャズとは何か』を知りたい初心者にとって、ウィキペディア記事 [[ジャズ]] は情報過多で、あまり役に立たない」という状況は、仕方がないものとも言えます。なぜなら、[[Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか]] という方針にあるように、ウィキペディアはあくまで百科事典であり、マニュアル、ガイドブック、教科書ではないからです。
しかし、その一方で「百科事典ってそもそも『これについてざっくりと知りたい』という要望を満たすものじゃないのかしら?」と思うのも事実です。実際、記事が「非百科事典的」なほど長大になることに対し、違和感を覚えるウィキペディアンの声もちらほら耳にします。先日お会いしたウィキペディアンの Wadakuramon さんも、似たようなことをおっしゃっていました。
Wadakuramon
ウィキペディアはあくまで百科事典ですから、微に入り細を穿つ長大な記事よりも、ほどよい長さの記事を書こうと私は思っています。
Eugene Ormandy「ウィキペディアンのお茶会」『Diff』2023年7月5日。
ウィキペディアは百科事典なのか?
世界最大級の百科事典であるウィキペディアは、既存の百科事典とは異なる「いくらでも書ける」という性質ゆえに長大化し、既存の百科事典が誇っていた「知らないことについてざっと知ることができる」という特質を失ったと分析することもできるでしょう。
これを悲劇と捉えるか、新たなチャンスと捉えるかは人それぞれだと思いますが、私は後者です。具体的には、ウィキペディアは、国立国会図書館サーチを補完するレファレンスブックとしての性質が新たに付与された、拡張的な百科事典になったと考えています。
実際に私が編集した記事 [[デジレ・デフォー]] を取り上げて説明しましょう。この記事の参考文献節には、フィリップ・ハート『新世代の8人の指揮者』や、上地隆裕『アメリカのオーケストラ』といった資料がリストアップされていますが、これらは国立国会図書館サーチで「デジレ・デフォー」と検索してもヒットしない資料です。また、”Desire Defauw” と検索してヒットしない英語資料も、50本ほど用いています。
これはすなわち、国立国会図書館サーチがカバーできていないデジレ・デフォーに関する情報が、ウィキペディア記事 [[デジレ・デフォー]] にまとめられているということです。
この事態は、ウィキペディアの「いくらでも書ける」という性質のおかげで生じたと言えるでしょう。もしウィキペディアに文字数制限があったら「デフォーについて記載があるが、国立国会図書館サーチで『デジレ・デフォー』と検索してもヒットしない資料」を見つけても、気軽に反映させることができません。
たしかに、ウィキペディア記事 [[デジレ・デフォー]] は「デフォーについてざっくり知りたい」人が読める記事ではないかもしれません。しかし、日本語を使用する市民が得られる、デフォーに関する書誌情報およびデフォー自身の情報を増大させているのは、紛れもない事実です(また、執筆者として言い訳をすると、「デフォーについてざっくり知りたい」方のニーズは、記事のリード文で満たせているのではないかと思います)。
まとめ
本稿では、菊地成孔のインタビュー記事を取り上げたのち「ウィキペディアはレファレンスブックの性質を併せ持つ拡張的な百科事典になった」という持論を述べました。
ウィキペディア観、百科事典観、執筆観は人によって様々です。本稿を読んで「それは違うぞ」「なんだか納得しないな」と感じた方は、ぜひご自身のウィキペディア利用者ページにその考えをまとめてみてください。
ウィキペディアに関する批評・言論活動の活発化に本稿が寄与したとすれば、これほど嬉しいことはありません。
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