才能を諦めたのちウィキペディア

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私は芸術家になりたかった。ベートーヴェンの『交響曲第9番』に匹敵するような、人類史に残る傑作を作りたかった。しかし、自分にその才能がないことはすぐにわかった。それでもなお足掻いてみたが、現実は非情だった。

そんな私は今、ウィキペディアンとしてそれなりに、いや、かなり楽しく過ごしている。

ウィキペディアにはさまざまな方針、ガイドラインがあるが、その中核をなすのは、独自研究は載せない、検証可能性中立的な観点という三大方針だ。これらはすなわち、自分のクリエイティビティを発揮してはいけないということを意味している。

芸術家として無から有を生み出す才能がないことに悩んでいた私にとって、これは朗報だった。ただ情報をまとめるだけで、人の役に立つものが作成できる。凡人にとってこれほどの希望はない。嬉しくなって私はウィキペディア記事を編集し続けた。

また、今までなんとなく蓋をしていた自分の気持ちにも気づくことができた。私は、実は作曲にさほど興味がなかったのだ。それよりもむしろ、1つの曲を様々な指揮者の演奏で聴き比べたり、演奏家に関するデータを集めたりする方が遥かに楽しかった。自分が本当に楽しんでいるものを深く分析することなく、「音楽が好きだから作曲家になろう」と短絡的に考えていたのだ。

自分の貧弱なクリエイティビティに絶望した人間が、ウィキペディアというメディアと出会い、クリエイティビティを必要としない作業に喜びを見出し、さらには「そもそも創作よりも情報収集の方が好きだった」という自分の好みにも気がついた。--私のウィキペディア人生をまとめると、このようになる。酸っぱいブドウの寓話そのものだと言われれば返す言葉もないが、現在きわめて楽しく過ごしているので、全く支障がない。

ウィキペディアというメディアが世界的な知名度・存在感を獲得してしまった以上、それに携わる人間がどのような経緯でそのメディアに参加したか、そしてその経験をどのように解釈しているかについては、きちんと記録される必要があると私は感じているので、自分の経験をまとめてみた。他のウィキペディアンが自身の経験を振り返り、記録するきっかけとなれば幸いである。また、芸術の才能がないことに悩む人間がウィキペディアに参入するきっかけとなれば、これほど嬉しいことはない。

ベートーヴェン (Joseph Karl Stieler , Public Domain)

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