稲門ウィキペディアン会の Eugene Ormandy です。本稿では、西川開さんの書籍『知識コモンズとは何か』における、ウィキペディアに関する記述を紹介し、感想を述べます。
ウィキペディアに言及した部分
コモンズ・ベースド・ピア・プロダクション (CBPP) について紹介した箇所で、その代表的な事例としてウィキペディアが取り上げられます。まずは、CBPP について説明された部分を引用しましょう。
コモンズ・ベースド・ピア・プロダクション (commons-based peer production, 以下 CBPP) は、インターネットを介して多くの人々が協働することで財やサービスを生み出す生産様式のことを意味し、企業や政府による集権的な生産活動とは異なる新たな生産活動の方法として注目を集めた概念である。企業等がおこなう一般的な生産活動では、契約や命令等の手段によって従業員に協働をうながし、その結果生み出された財の所有権は当該の企業に帰属することになる。これに対して CBPP では、生産活動を管理する集権的な組織や個人は存在せず、生み出された財を特定の誰かが独占的に利用することもない (Benkler, 2004)。また、CBPP の参加者は誰かによる強制ではなく自発的に参加することを決めており、多くの場合、金銭的な見返りがなくとも協働が成立している (Benkler, 2004)。
CBPP の代表的な事例は、オープンソースソフトウェアやウィキペディアである (Benkler, 2002; 2006; Benkler & Nissenbaum, 2006)。
西川開『知識コモンズとは何か』勁草書房、2023年、42ページ。ISBN 978-4-326-00060-9.なお、原文には “commons-based production” と記載されていますが、引用にあたり “peer” の文言を追加しました。
その後、著者はオープンソフトウェアについて解説し、続けてウィキペディアについても説明をします。
ウィキペディアの場合も、記事の作成や編集はすべてボランティアによっておこなわれており、ウィキペディア全体をコントロールする権限をもった単一の主体は存在しない。ウィキペディアン (Wikipedian) とよばれるボランティアが金銭的な報酬を受けることはなく、記事を作成する楽しみや、ウィキペディアンたちが構成するコミュニティへの帰属意識等がウィキペディアに貢献するモチベーションとなっている。また、ウィキペディアでは記事の質を維持するための独自の仕組みが構築されており、記事の執筆や編集は一定のルールにもとづいておこなわれる。こうしたルールには、記事のスタイルについてのマニュアルのように具体的な作業のやり方を規定するものもあれば、コミュニティの理念を謳った規範的なものもある。ルールを新たに作成したり変更したりする際には、コミュニティ内での投票がおこなわれる。
前掲書、43ページ。
補足
上記記述の参考文献は下記のとおりです。
- Benkler, Y. (2002). Coase’s penguin, or, linux and” the nature of the firm. Yale law journal, 369-446.
- Benkler, Y. (2004). Commons-based strategies and the problems of patents. Science, 305(5687), 1110-1111.
- Benkler, Y. (2006). The wealth of networks : how social production transforms markets and freedom. Yale University Press.
- Benkler, Y., & Nissenbaum, H. (2006). Commons-based peer production and virtue. Journal of political philosophy, 14(4).
感想
とても面白い本でした。ただ、ウィキペディアに関する説明については「基本的には記載のとおりなんだけど、例外も結構あるんだよなあ。ウィキメディアンとしてはそのあたりもう少し厳密に書いてほしいな」と感じました。
例えば著者は「ウィキペディアン (Wikipedian) とよばれるボランティアが金銭的な報酬を受けることはなく」と説明していますが、ウィキペディアンが有償で記事を書くケースもあります。例えば日本語版ウィキペディアには「Wikipedia:有償の寄稿の開示」という方針ページが存在しますし、日本以外の国におけるウィキペディアの執筆コンテストでは、優秀者に賞金が支払われることもあります。参考までに、そのようなコンテストについてのレポートをいくつか紹介します。
- Masiku (2024) “Telling the Untold Stories of African Women: Shine Her Light Writing Contest” Diff.
- Musahfm (2023) “Kusaal Wikimedia Community Holds “My Kusaal Achiever Editing Contest” to Celebrate Notable Personalities in Kusaug” Diff.
- Moheen Reeyad and Rocky Masum (2024) “Wiki Loves Bangla has kicked off for the first time!” Diff.
また、著者は「記事を作成する楽しみや、ウィキペディアンたちが構成するコミュニティへの帰属意識等がウィキペディアに貢献するモチベーションとなっている」とも説明していますが、こちらについてももう少し詳しく書くか、ウィキペディア編集のモチベーションに関する参考文献を示してほしいなと感じました。
参考文献としては例えば、ファンダムの視点からウィキペディアの編集を分析した “Wikipedia and participatory culture: Why fans edit” などが挙げられるでしょう。また、日本語版ウィキペディアの「ウィキペディアのコミュニティ」という記事にも、モチベーションにまつわる論文がいくつか紹介されています(もちろん出典付きで)。
さらに、ボランティアのウィキペディアンたちもモチベーションに関するアンケート調査を行っており、それらはメタウィキの様々なページに点在しています。なお、Wikimedians of Japan User Group も、日本語ユーザーに対するアンケート調査を行っており、その結果は Kizhiya さんのレポート「ウィキペディア編集者のモチベーションと不満 後半」で紹介されています。
Kizhiya (2023) “ウィキペディア編集者のモチベーションと不満 後半” Diff.
- モチベーションの上位3位は、「間違った情報を直したいから」「記事を編集・執筆するのが好きだから」 「自分の知識や技術を活かすため」。
- 期間が「10年以上」、頻度が「週に4回以上」といった、ウィキペディアへの関与が高い層は、「自分の知識や技術を活かしたい」意向や「自分の勉強や学習」に役立つと回答した人の割合が高い。編集や執筆行為に付随するメリットが、モチベーションにつながっていると考えられる。
まとめ
重箱の隅をつつくような指摘をいくつかしてしまいましたが、今回取り上げた『知識コモンズとは何か』は大変面白い本でした。ウィキペディアの背景にあるカルチャーについて知ることができ、とても勉強になります。ウィキペディアに関連する箇所以外も興味深いので、知識コモンズやフリーカルチャーに関心のある方はぜひ。
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