Wikidataで中国古典分野の版本情報を整理したい

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最近、wikidataを自分の専門分野(中国古典研究)で活用できないか、方法を探っています。いま可能性を感じているのは、中国古典の「版本」(テキスト)の系統の整理をwikidataで行うことです。とはいえ、wikidataについてはまだ完全に初心者で、分からないことが多いので、今回は「wikidataをどのように活用することができるか」というより、「どのようにすれば中国古典の版本情報をwikidataできちんと整理することができるのか」「そもそもその整理をしたい理由は何か」ということについて書いていきます。まだ知らない仕様やプロパティが山ほどあり、基本もよくわかっていないので、何かアイデアをもらえたら嬉しいです。

まず、何が目標なのか共有するために、やや専門的になりますが、中国古典の版本について、具体例をもとに説明していきます。今回は、例として『周易正義』(Q59775170)という書物を使います。

『周易正義』は、唐代に孔穎達らによって編纂された『五経正義』というシリーズのうちの一つです。この書は、『易』(周易・易経)という書物と、それに対して王弼・韓康伯が注釈をつけた『周易注』という書物の両方に対して、改めて解説をつけたものです。

以上の基本情報をwikidataのプロパティで表すと、おそらくこんな感じになります。

 ・分類(P31):著作物(Q47461344
 ・以下の一部分(P361):五経正義(Q5371096
 ・派生元(P144):易経(Q181937)・周易注(wikidata未登録)
 ・著者(P50):孔穎達(Q5369940

さて、唐代までの間、書物は基本的には手書きで伝えられてきましたが、宋代に入ると、木版印刷の時代に入ります。版画の要領で字を木の板に彫り付けて、それを墨で紙に印刷するわけです。この方法を使うと、一気に大量の本を作ることができるので、書物の流通量が飛躍的に増えることになります。この時代から版本の印刷が繰り返されることで(もちろん手書きの本も作られますが)、現代に至るまで書物が伝えられていくことになりました。

現代の一般の読者が『周易』や『周易正義』を読むときには、現代の出版社が作った本をもとに読むことがほとんどですが、そうした本の文字の由来も、さかのぼると宋代の版本にたどり着きます。専門の研究者にとっては、こうした版本の系統を把握し、文字の校勘をすることがとても重要になります。なぜかというと、書物が現代まで伝えられる過程で、誤字・脱字、また時には善意によって、もとのテキストの字句は書き換えられ、時代を追うごとに変化していくからです。『周易』『周易注』『周易正義』の研究をしたい場合に、誤って変更された後の文字をもとに読んでしまっては、誤った結論を導いてしまうかもしれません。このように、どの版本を使うか、どの文字に従って読むか、というのは大問題になるのです。

では、『周易正義』にはどのような版本があるのでしょうか。まず、宋代の版本として代表的なものが以下の二つです。

◎「単疏本」
 ・南宋隆興・乾道年間刊行
 ・中国国家図書館所蔵

◎「八行本」
 ・南宋前期刊行
 ・足利学校蔵、国家図書館蔵

しかし、上記はどちらも厳重に保管されている秘宝であって、研究者が普段直接見ることができるテキストではありません。そこで、これを影印(複製の一種)した本(=影印本、Q8011558)が流通しています。

◎「単疏本」
 ・1935年傅増湘玻璃版影印本
 ・1970年藝文印書館翻印本
 ・『続修四庫全書』影印本(『続修四庫全書』という影印本のシリーズ)
 ・『中華再造善本』影印本(同)

◎八行本
 ・足利学校蔵→汲古書院1973年影印本
 ・国家図書館蔵→『古逸叢書三編』影印本・『中華再造善本』影印本

単疏本の四種の影印本は、どれも中国国家図書館所蔵の同じテキストを複製し、後から出版したものです。ただ、複製とはいえ、出版元が異なる上に、細かな修正が入っている場合や、序文が異なっている場合、研究者の解題や研究成果が付されている場合もあり、厳密にはそれぞれ別のテキストとして考えなければなりません。

ほか、よく用いられるテキストに「阮元本」があります。

◎「阮元本」
 ・清嘉慶二十年(1815年)刊行
 ・「十三経注疏」(Q3352662)のシリーズの一つ。

このテキストも、道光年間に重刻されて少し修正した箇所があったりして、またややこしいです。もちろん、これまで挙げたもの以外にも、星の数ほどのテキストが出版されています。

さて、wikidataで書籍を登録する際には、「作品項目」として登録する項目と、「版項目」として登録される項目の二種に分けて登録することになります。文献学の用語でいえば、「書」と「本」(テキスト)をきちんと別で登録する形になっているということです。これは現代の書籍を登録する場合も変わりがありません。書(作品項目)は抽象概念、テキストは現物にあるものを指し示す概念ですから、これが区別されているのは、文献学的な見地からすると当然ですし、そのおかげで活用の可能性が大きく広がっています。

つまり、書としての『周易正義』についての基本情報は、「作品項目」の『周易正義』に登録していくことになります。そして、『周易正義』の各テキストの情報は「版項目」として別項目に登録します。現状で言えば、まず作品項目の『周易正義』(Q59775170)があり、版項目の『周易正義』には四庫全書本『周易正義』(Q28347081)があります。四庫全書本は誤りが多く、専門の研究者には使われない本ですが、ウィキソースに上がっていることもあって、中国古典の版項目はひとまず四庫全書本が登録されていることが多いです。

以上を踏まえて、使えそうなプロパティをメモしておくと、宋代の版本のwikidataのプロパティとして使えそうなのは、出版地(P291)、所蔵者(P195)、成立日(P571)、出版元(P123)などでしょうか。影印本の場合は、出版地・成立日・出版元などに加えて、何らかのシリーズ(中華再造善本、Q114804251、など)に入っていることが多いので、そのことも示したいです(シリーズ、P179とか?)。なお、作品項目と版項目はラベルを別にして、版項目はそれが版項目であると分かるようにすることが推奨されるようですが、現状の中国古典の版項目はほとんどそうなっていないので、改善の必要があります。

いま分かっていないのは、影印本の場合に、元となったテキストとの関係性をプロパティでどう表現したらいいのか、ということです。これは「派生元(P144)」で表現するのは違うと思います。「複製」で探してもいいプロパティがないです。目的は、①「宋代の版本の項目の側にその本の影印本を示す」ことと、②「影印本の項目の側に元の宋代の版本を示す」ことによって、両者の関係性を明示することにありますが、どうするのがよいのでしょうか。影印本に関するプロパティを新設したほうがよいのかもしれませんし、何か見落としているのかもしれません。また、単疏本をもとに八行本が作られているので、そうした版本同士の関係性もプロパティで示したいところです(これは「派生元」を使えばいいかもしれません)。

もし新設するなら、「底本」と「影印本」とかで対応させるといいかなと思います。

以上をうまく整理できれば、中国古典の版本に関する下記のような系統図を作り、一つの古典のテキスト情報をすぐに整理することができるようになるのではないかと期待されます。

『〇〇〇〇』
 →南宋刊本A
 →→影印本①
 →→→これを底本にした標点本α
 →→影印本②
 →→影印本③(叢書Xシリーズの一つ)
 →明刊本B(Aをもとに新しく彫った本)
 →→影印本④
 →四庫全書本
 →日本語訳A

むろん、版本も現代の本も星の数ほどあるので、一人で網羅的に整理するのは不可能です。しばらく私が作業する分には、自分が使う重要な版本の系統図を絞って作る方向でやることになるでしょう。少なくとも、色々な方向での可能性を感じるのは確かですので、詳しい方の意見を聞いてみたいところです。

※参考文献;李霖『宋本群経義疏的編校与刊印』(中華書局、2019)

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