稲門ウィキペディアン会の Eugene Ormandy です。2024年10月、ウィキデータ・グラフ・ビルダーを活用して名伯楽ハンス・スワロフスキーの門下生たちをグラフ化したので、その模様を報告します。上手くいかなかった点も含めてまとめます。
経緯
私はウィキデータを活用したデータの可視化に関心があり、クラシック音楽の演奏家の師弟関係に関する知識グラフを作成したり、その模様をブログでまとめたりしています。
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- 日本のヴァイオリニストの師弟関係をグラフ化するためにウィキデータを整備する
2024年10月、タスクに追われて疲労が溜まっていたので、気分転換をかねて指揮者グラフを作ることにしました。題材に特にこだわりはありませんでしたが、弟子が多い演奏家を選べば見栄えの良いグラフができるだろうと思い、著名な指揮者をたくさん育てたハンス・スワロフスキーをピックアップしました。
作戦
実際の作業を行う前に、作戦を立てました。内容は以下のとおりです。
- まずはウィキペディア図書館を活用して音楽百科事典 “Grove Music Online” にアクセスし、”Hans Swarowsky” と検索。
- スワロフスキーの弟子として紹介されている音楽家のウィキデータ項目に、プロパティ「師匠 (P1066)」とバリュー「ハンス・スワロフスキー (Q78721)」を追加。
- ウィキデータ・グラフ・ビルダーを活用して、スワロフスキーの弟子を列挙したグラフを作成。レイアウトは「Force-directed(力学モデル)」を採用。
- 3で作成したグラフを確認し、スワロフスキーの弟子のうち著名な音楽家、もしくは多くの弟子を育てているであろう音楽家をピックアップ。この選定作業はクラシック音楽オタクである筆者の直感・知識に基づく。bot を作成する選択肢も考えられるが、 Grove Music Online が会員制サイトであること、「スワロフスキーに師事したこと」を意味する文言が多様であること、何より筆者の技術力が乏しいことを考慮して断念。
- 4でピックアップした音楽家を1と同じく”Grove Music Online” で検索。その後、2と同様の作業を行う。
- ウィキデータ・グラフ・ビルダーを活用して、スワロフスキーの弟子を列挙したグラフを作成。5で追加した音楽家がグラフにも反映されている。
実行
まずはスワロフスキーの弟子のウィキデータを編集。その後、ウィキデータ・クエリ・ビルダーを用いて下記のグラフを作成しました。スワロフスキーの孫弟子についてのウィキデータが思いのほか整備されていたので、多世代にわたるグラフをこの段階で作成することができました。
さて、ここからは作戦4で示したとおり、スワロフスキーの弟子(もしくは孫弟子以降)のうち、自身もたくさんの弟子を育てていそうな音楽家をピックアップし、その師弟関係を記述していきます。多数のデータの中から、編集し甲斐がありそうなものを効率よくピックアップするには、データに関する背景知識が必要となります。そこでクラシック音楽オタクである筆者の面目躍如です……と言いたいところですが、結論を先取りすると上手くいきませんでした。以下、その思考過程と失敗の要因を記します。
失敗の分析
まずグラフを見て「スワロフスキーの弟子のうち、クラウディオ・アバド、ズービン・メータといった著名指揮者なら、自身も数多くの弟子を育てているだろう」と判断しました。この判断の際には、弟子である可能性が高い人物として、グスターボ・ドゥダメルやラハフ・シャニの名前が頭に浮かんでいました。
そこで、上述の作戦5のとおり、”Grove Music Online” にて “Abbado” および “Mehta” と検索。多くの項目がヒットしたものの、アバドやメータに師事したことを明記した項目は見つかりませんでした。
アバドやメータの弟子であることを説明した項目が少ないにもかかわらず、多くの項目がヒットした理由は、楽器奏者の項目の指揮者共演歴にアバドやメータの名前が頻繁にクレジットされていたからです。これはクラシック音楽ファン以外には馴染みがない文化かもしれませんが、ピアニストやヴァイオリニストは往々にして、自身のプロフィール欄に「オーケストラとの共演も多く、これまでアバドやメータといった指揮者、そしてベルリン・フィルハーモニー管弦楽団やニューヨーク・フィルハーモニックなどオーケストラと共演している」という趣旨の文言を記載します。ここで記載されている指揮者やオーケストラの「格」が高いほど、そのピアニストやヴァイオリニストの評価(およびギャラ)が上がるというわけですね。アバドやメータはともに世界最高クラスの指揮者なので、一度でも共演した人たちはこぞってプロフィールに書き入れるのです。これらの記述が、百科事典である “Grove Music Online” にも反映されているわけですね。
また、”Grove Music Online” でヒットした項目の中には「アバドのアシスタントを務めた」といった趣旨の記述がある項目もありましたが、これは純粋な「師弟関係」と判断してよいか微妙なラインなので、ウィキデータの「師匠」プロパティには記入しませんでした。実際、指揮者のプロフィールにおいては、「A氏に師事」という情報と「B氏のアシスタントを務めた」という情報は厳密に区別されることが多いのです。今回の結果から、ともに世界を飛び回る指揮者であるアバド、メータは、腰を据えてじっくりと後進を育成する余裕がなかったのかなと推察することができそうですね。
なお、どうしようもない余談ですが、私の友人は「どこかの音楽院にポストを得て、時間をかけて優秀な弟子たちを育てる指揮者はクラシック音楽界の宝なんだけど、その人自身の指揮テクニックは大したことないことが多いんだよね。自分に足りないものを言語化できてるから、弟子にちゃんと伝えられるんだよ」と言っていました。「辛口すぎる!」と応じつつ、心の中で少し納得してしまったのはここだけの秘密です。
なお、グーグルの検索エンジンでも「メータ 師事」「メータ 弟子」「”メータに師事”(完全一致検索)」などの検索を実施してみましたが、「ウィキデータの出典として使って問題ない」と自信を持って判断できる資料は見つかりませんでした。また、グーグルの生成AI「Gemini」に「クラウディオ・アバドの弟子を教えて」と聞いてみましたが、返ってきたのは「クラウディオ・アバド氏の直接の弟子という明確な定義は難しいですが、彼から多大な影響を受け、その音楽理念を継承している指揮者たちは数多くいます」という答え(ただし、この文に続いて相当詳細な情報が記載されており、生成AIの進歩に驚きました)。残念ながら、調査はこれにて終了しました。
まとめ
「知識グラフを作成そのものに、そこまで大きな意味はない。重要なのは、人間が自らの知識・経験を活用して知識グラフを『解読』し、整備すべきデータを発見・改善することなのだ。私は今回、それを実践したぞ!」と自信満々にアピールするつもりだったのですが、ここまで読んでいただいた方はわかるとおり、その目論見は見事に外れました。
ただし、失敗を通してわかったこともあります。それは「失敗の原因を分析するためにも、人間の知識・経験はたぶん必要」ということです。実際、自分が明るくない分野で今回のような失敗が起きた際、上記のような分析をできる自信は私にはありません。
ウィキデータは今後どんどん活用されるべきだと思いますし、「面白い知識グラフを作成するためにウィキデータを整備しよう」という利用者がどんどん参入してきてほしいと思います。そのためには、成功事例だけではなく、失敗事例もきちんと残されるべきと私は強く思っているので、今回の失敗をまとめました。本稿が何かしらのお役に立てば幸いです。
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