誰でも人生のマイルストーンがあるでしょう。私にとってウィキマニア2024カトヴィツェがそれでした。2024年8月7日から10日にかけて開催されたウィキマニア2024カトヴィツェでの私の経験を、皆さんにお伝えしたいと思います。
ここにいるのは私たち3人、私、ユージン・オーマンディ、そしてタウフィク・ロスマンです。トルコ―日本-マレーシアからやってきた友人3人が友好プロジェクトについて発表するのは、とても興味深いことだと思います。
ユージン・オーマンディ、タウフィク・ロスマン、そしてY. ジャナ・オジャイクチュによる、日本、マレーシア、トルコのウィキメディア友好会
日本のユージン・オーマンディ、マレーシアのタウフィク・ロスマン、そして私、トルコのY・ジャナ・オジャイクチュです。シンガポールで開催されたウィキマニア2023の後で、3つの異なる国からやってきたウィキメディアンが、相互の友好プロジェクトを開始しました。私たちの発表では、この友好プロジェクトで私たちが何をやったか、そしてそれぞれの国の地元ウィキメディア・ムーブメントに何が起こっているかを話しました。
まず最初に、私たちの協働がどのように始まったかを話しました。シンガポールでのウィキマニア2023で出会った3人の友人として、私たちは日本-マレーシアと日本-トルコの友好プロジェクトを始めました。これらの友好プロジェクトの一環として、私たちは様々なエディタソンを開催し、大学や大使館やGLAMとの大規模なイベントを主催し、研究者や図書館員など異なる専門家との協働をすすめてきました。これらに加え、私たちはしばしばオンラインミーティングを行い、お互いの興味と知識を分かち合ってきました。こうすることで、お互いの絆を保ってきたのです。また、最も重要な事のひとつは、私たちの国のウィキクラブが姉妹提携を宣言することで、「自由な知識」のために共に活動するのを促進することでした。(イスタンブール・ビルギ大学ウィキ学生クラブと早稲田Wikipedianサークルは、このプロジェクトの元で姉妹提携を結びました)私たちはこれらについて、ウィキメディア・ムーブメントのメンバーに対し、共著あるいは個人によるDiffの記事を通じて共有しました。
マレーシア
タウフィクは、マレーシアにおける彼の活動について話しました。マレーシアでは言語の保存、文化的コンテンツ、コンテンツギャップに焦点を当てていました。またコミュニティとして協働することの情熱を強調しました。そうして彼らは大学や大使館など多くの機関と協働してきたのです。2022年に、40年にわたるルックイースト政策に焦点をあてた初めてのエディタソンを日本と共同で開催し、在マレーシア日本大使館の支援を受けました。私はこれはコミュニティにとってとてもエキサイティングなことだと思います!
トルコ
トルコでコミュニティが焦点を当てているのは、異なるバックグラウンドを持つ人々にウィキメディア・プロジェクトに貢献してもらうこと、地元の参加者を協働に導くこと、ウィキメディアンたちにイベントでもっと活動してもらうこと、そしてNGOやGLAM機関と協働することです。
ウィキペディア教育プログラムでは、多くの教育機関でウィキペディアを説明し、質問に答えています。またアート+フェミニズム、ウィキギャップ、GLAMなど様々なテーマでエディタソンを開催しています。さらに、最近2年間に4つの異なる学生ウィキクラブが開設され、それぞれのテーマで活動しています。ウィキ・ラブス・アースやCEE Springなどの多くの国際コンクールにも参加し、テュルク語ウィキメディア会議やCEE会議などの国際会議を主催しています。
日本
日本のウィキメディアンは、グローバルなウィキメディア・ムーブメントに参加するようになりました。その一環として、ウィキギャップ、ウィキペディアタウン、ウィキペディアOYA、そしてWikipediaブンガクなど異なるタイプのエディタソンを開催し、大学でウィキペディア翻訳イベントを行っています。そして記録をDiffにアーカイブしているのです。
この友好プロジェクトをどのように未来へ続けていくのでしょうか。私たちはウィメン・イン・レッドや地元の言語、そして構造などにトピックを拡大していきます。ウィキデータやウィクショナリーやコモンズなどのウィキメディア・プロジェクトでも活動していきます。もちろん、より多くの参加者を探し、お互いに学びあっていきます。
交流
ウィキマニア2024は、学びだけでなく交流のドアも開きました。
シンガポールでのウィキマニア2023の後、協働するようになった友達のユージンとタウフィクに会うのをとても楽しみにしていました。私たちは旅行前に準備したプレゼントを互いに交換しました。私は旗を集めるのが大好きで、タウフィクはたぶんそれを良く知っています。なので彼は故郷サバ州の旗を贈ってくれました。ユージンは私がグラフィックデザイナーで地域文化に興味があるのを知っていたので、日本の伝統模様のデザインブックを贈ってくれました。私は彼らに、私の国の小さな旗と、ハンカチと、私の住んでいるイスタンブールの絵が描かれたノートを贈りました。ノートに書いた美しいメモで私たちの友情を思い出しましょう!
私はユージンと、私たちの日本トルコ友好プロジェクトが1年間でどれだけ進んだか、これからどうするかを話しました。こうした対面での会話が私たちのプロジェクトにとても役立つと思います。私はまたアフマドやタウフィクとも話し、マレーシアとトルコとのウィキクラブが協力しあえること、そのために協力する用意があることに同意しました。次のウィキマニアまで、私たちはとてもエキサイティングな時間の中にいます。
私はインドネシア、アルメニア、ウクライナ、ギリシャ、キルギス、チェコ共和国、ポーランド、その他たくさんの国々のウィキメディアンと長短の会話をしました。話しながら私は、例外なく、どの人も協働に前向きで、それに大変熱心に取り組んでいることを理解しました。このことは今年のウィキマニアのテーマである「開かれた協働」に実によくフィットしています。
マリとニコスと私はウィキマニア2024カトヴィツェの後、イスタンブールで行われるCEE会議2024の私たちのセッションで改善すべき点を話し合いました。私はアジア諸国の文化にとても興味があるので、過去数年間トルコ語版ウィキペディアでウィキペディア・アジア月間を企画しました。ウィキペディア・アジア月間のバッジをカバンに付けることができてとても幸せです!
私の国の学生ウィキクラブが、若いウィキメディアンがたくさんいるインドネシアのコミュニティと協働するのを見たいです。私は既にウィキマニアに参加したインドネシアのウィキメディアンと、これについて話し合いました。ぜひ実行しましょう。
ウィキマニアの間、毎日のイベントを丹念に作品に描き込んでいるゴシア・ツェルツォフカに出会いました。彼女の画のそばを通った時、私は立ち止まってグラフィックデザインとイラストについて会話をしました。ツェルツォフカは私を描いてくれて、楽しい会話でした。私の髪の毛はまっすぐですが、この画ではカールしているようです。彼女は修正すると言ってくれましたが、私はこれが気に入ったのでそのままにしてもらいました!
彼女は私がジミー・ウェールズに贈ったトルコのお守り、ナザール・ボンジュウを描きました。この細部を初めて見た時、これを見られるとは全く想像していなかったので、嬉しくて微笑みました。彼女はまた私がコインとポストカード集めも好きな事を描いてくれました 🙂 このすばらしい画をありがとう、ゴシア・ツェルツォフカ!
最後に
ウィキマニア2024カトヴィツェは私にとって、常にとてもとても特別な場所です。なぜなら私は最大の目標の一つを実現し、新しい友人を得、これまでのウィキ友好関係を強め、既に書いた記事 (第1日、第2日、そして第3日) に載せたたくさんのセッションで学ぶことができました。ウィキメディア・ムーブメントにおける私たちの活動を通して、自由な知識の力を世界中に拡大し続けていきたいと願っています。
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