2023年6月、早稲田Wikipedianサークルのインタビュー記事が、オンライン版『慶應塾生新聞』で公開されました。本稿では、取材から記事公開に至る経緯を振り返ります。ウィキペディアに関心がある方の参考になれば幸いです。
- 和田幸栞「「架空の歴史」気付かず10年…本当に使えるウィキペディアの”認定記事”」『慶應塾生新聞』2023年6月1日。2023年6月3日アクセス。
インタビューを受けることになった経緯
2023年3月にダイヤモンド社から公開された、早稲田Wikipedianサークルのインタビュー記事を読んだ、慶應塾生新聞の和田記者から取材依頼がありました。なお、和田記者は慶應義塾大学に在籍する大学生です。
取材前
2023年4月にオンラインでインタビューを受けることになったのですが、その前に和田記者から質問リストが送付されました。きちんと予習をしてくださるのは、大変ありがたいなと感じました。
内容および私からの回答は以下のとおりです。なお、以下の回答は、日本語版ウィキペディアやウィキメディア財団の見解を代表するものではなく、あくまで私個人の意見にすぎない旨、ご承知おきください。
Q1 Eugene OrmandyさんとWikipediaとの関わり
知人に誘われて行った北村紗衣さんの講習会で初めて編集。よく行っている名曲喫茶についての記事を書き始める。その後、早稲田Wikipedianサークルを作る。イベントを開催したり、他のウィキペディアンと交流したりした。最近はウィキメディア財団のブログ記事 Diff をよく書いている。ウィキペディアに関する言論が少なすぎる(特に日本語)ため、その活性化につながればと考えている。なお、詳しい来歴は「早稲田Wikipedianサークル活動史 (2019-2022年)」にまとめている。
Q2 よく言われる「Wikipediaは信憑性がない」はどういう意味なのか
【回答案1:ウィキペディアの仕組みの説明にとどめる】
「信頼できる情報源に基づいて作成した、質の高い記事であっても、ウィキペディアそのものを出典としてはいけない。活用する場合は、脚注として用いられている資料を確認しよう」という意味ですね。レポートなどで「出典 : ウィキペディア」と書きたくなった時は、そのウィキペディアの記述が出典としている資料を確認して、その資料を出典として記載しましょう。なお、出典のないウィキペディアの記述は使っちゃダメです!
【回答案2:往々にして「ウィキペディアは信憑性がない」という言説はアバウトすぎるという私見を述べる】
身も蓋もないのですが「人によって意味が違う」ですね。私見ですが、ウィキペディアに対する様々な批判が「ウィキペディアは信憑性がない」という一言で片付けられてしまっているような気がしています。
- 誰でも編集できる「ウィキ」というシステムを採用している以上、専門家による内容の裏付けが不可能であり、ウソが放置されることもある。
- 信頼できる資料に基づいて作成した、質の高いウィキペディア記事であっても、そのものを出典としてはいけない。活用する場合は、脚注として用いられている資料を確認しよう。
- ウィキペディアは陰謀論者の巣窟だ。
これらは本来、種類の異なる批判ですが、一緒くたに「ウィキペディアは信憑性がない」という言説にまとめられているように思えてなりません。ウィキペディアへの批判自体は、大変重要です。ただ「信憑性がない」という簡単な一言で済ませてしまうのはいただけないですね。
Q3 関連して、アカデミアにおいてWikipediaはどう認識されてきたのか
「見るのもダメ」というスタンスの方、「便利な出典を探すためのレファレンスブックとして活用しよう」というスタンスの方、「授業で学んだことを活かしてウィキペディアを改善しよう!」というスタンスの方まで様々。教育におけるウィキペディアの活用は、WikiEdu の事例や、北村紗衣さんが武蔵大学で行っている授業を参照。
余談ですが、私はレファレンスブックとして有用なウィキペディア記事を書くよう努めています。例えば [[デジレ・デフォー]] というウィキペディア記事では、国立国会図書館サーチで「デジレ・デフォー」とキーワード検索をしてもヒットしない資料を出典として使っています。
Q4 レポート作成等でWikipediaはどう役立てられるか(メイン)
- 調査対象についてざっと把握する。
- 参考文献欄を確認して、有用な資料を探す。
- とりあえず、まずは授業で紹介された教科書やプリントをよく読み込んで、基礎知識をつけましょう。
- ウィキペディア記事を編集するついでにレポート作成するのもアリかも。
Q5 「信頼できる」Wikipediaのページの見分け方を教えてほしい
基本的にウィキペディア記事は信頼しないでほしいです。ウィキペディア記事に書いてある記述を使いたい場合は、ウィキペディアが出典としている資料をあたってください。余談ですが、ウィキペディアの言論においては「信頼できる」という言葉が何を意味するのかをクリアにするべきと思っています。
Q6 新大学生に向けて、Wikipediaに関して伝えたいこと
ウィキペディアを読む前に、まずは教科書をよく読んでください。ウィキペディアは補助輪として活用してください。そして、ある程度勉強に慣れてきたら、ウィキペディアを編集してみてください。調査・執筆能力が劇的に向上します。
取材
インタビューは2023年4月にオンラインで行われました。事前質問に沿って話しつつ、様々な補足をしたのですが、とにかく和田記者の取材能力の高さに感心しました。事前質問の内容をしっかり確認しながら、プラスアルファを引き出す手腕は素晴らしかったです。また、事前質問への回答でお示ししたブログ記事も読んでくれていたので、基本的な情報についての説明は最小限にとどめ、発展的な内容に踏み込むことができました。
予習をほとんどせずにインタビューに臨むプロのライターを個人的に何人か知っているのですが、和田記者の爪の垢を煎じて飲ませたいなと感じました。
取材後
インタビュー終了後、「プラスアルファ」の情報に関するリンクを、メールで和田記者に共有しました。内容は以下のとおりです。
- [[利用者:Eugene Ormandy]] – 私の利用者ページです。
- 早稲田Wikipedianサークル活動史 (2019-2022年)
- 雑誌専門図書館の大宅壮一文庫で、スイーツをテーマとしたウィキペディア編集イベント WikipediaOYA を開催
- 世界各国の大学生ウィキペディアン・コミュニティ
- [[Wikipedia:出典を明記する]] – インタビューで話題に上ったハーバード方式についても簡単に説明されています。
- [[Wikipedia:信頼できる情報源]] – ウィキペディアは二次資料に基づく三次資料であることが説明されています。
- [[ウィキペディアへの批判]]
- [[Wikipedia:よくある批判への回答]] – 「ウィキペディアへの批判は多様であるべき。簡単に「信憑性がない」と済ませるべきではない」と私は考えています。
- [[利用者:山田晴通/ウィキペディアとアカデミズムの間]] – 取材次には取り上げられませんでしたが、参考まで。
- Wiki Edu – 教育現場におけるウィキペディアの活用事例。いくつか記事を読んでみることをお勧めします。
- [[Education/News]] – 教育における活用。
- [[利用者:さえぼー/英日翻訳ウィキペディアン養成セミナー]] – シェイクスピア研究者の北村紗衣さんが武蔵大学で行っている授業。
- 『現場の大学論』 – ウィキペディアの授業に関する北村さんの論考が収録されています。
- [[Wikipedia:良質な記事]]
- [[Wikipedia:秀逸な記事]] – 良質な記事を超える、ウィキペディア最高ランクの記事。
- [[地方病 (日本住血吸虫症)]] – たぶん日本語版ウィキペディアで最も有名な記事。秀逸な記事に選定されています。
- [[エディタソン]] – ウィキペディア編集イベントのこと
- [[ウィキギャップ]] – ジェンダーギャップ解消を目指したウィキペディア編集イベント
- Wikipediaに「架空のロシアの歴史」を10年にわたり1人の女性が書き込み続けていたことが判明、「小説家になるべき」との声も
下書きの確認
記事が公開される前に、下書きの確認をさせていただきました。「基本はインタビューの文字起こしで、それに和田記者の意見が追加されている感じかな」と思いながら目を通したところ、びっくりしました。インタビューの内容をきちんと踏まえた上で、大幅にリライトされていたからです。「学業にあたっては、優れた記事の恩恵は存分に受けたいし、粗悪な記事には引っかかりたくない」という問題意識のもと、インタビューの内容や具体的なエピソードを分解し、適切な位置に配置しなおす編集能力の高さには驚かされました。
また、フェアな書き方をしてくれているとも感じました。例えば、私は「良質な記事や秀逸な記事はたしかに素晴らしいが、所詮はウィキペディア記事。内容を鵜呑みにせず、出典にあたりましょう」というスタンスなので、良質な記事や秀逸な記事を紹介するときは、必ずそのような注意をするようにしています。今回の取材でもそうでした。
力量のない記者の場合、このような注意をしても「Eugene Ormandy さんは良質な記事をいくつか紹介してくれた。すごい内容だ」とまとめてしまいます。しかし、和田記者は違いました。以下、記事から引用します。
Oさんは、「ウィキペディアは基本的には信用すべきでない」という立場をとる。しかし、時には優れた記事に出会えることも事実だ。実は、ウィキペディアには記事の質をある程度担保してくれる指標がある。「良質な記事」「秀逸な記事」の認定だ。こうした記事であれば、出典を辿ることのできる可能性はかなり高くなる。
和田幸栞「「架空の歴史」気付かず10年…本当に使えるウィキペディアの”認定記事”」『慶應塾生新聞』2023年6月1日。2023年6月3日アクセス。
私のスタンスを明記した上で、和田記者の立場から良質な記事を紹介しています。しかも、単に「内容がすごく充実している」と紹介するのではなく、「出典を辿ることのできる可能性はかなり高くなる」と紹介しています。短い文章ですが、かなり丁寧に書いてくれたという印象を持ちました。
そのほかの内容はぜひ、実際の記事を読んで確認してみてください。
記事公開
2023年5月に紙面版が公開され、6月にオンライン版が公開されました。
- 和田幸栞「「架空の歴史」気付かず10年…本当に使えるウィキペディアの”認定記事”」『慶應塾生新聞』2023年6月1日。2023年6月3日アクセス。
まとめ
優秀な記者にウィキペディアを取り上げていただき、ありがたい限りです。ウィキペディアは非常に有名なメディアであるにもかかわらず、その分析記事があまりにも少ないので、力量のある記者にどんどん参入してほしいですね。本稿がそのきっかけの一つとなれば幸いです。
ウェブアーカイブ
オンライン版の記事のウェブアーカイブをこちらのとおり作成しました。