日本では、図書館司書のために必要な勉強・資格を、大学や短大で図書館に関する科目の単位を履修するほか司書講習を受講・取得できます。実際に図書館で働くためには、当該自治体や図書館運営を委託されている企業等の採用試験を受けて図書館に配属されることが必要で、必ずしも司書の資格は必要ではない場合もありますが、将来的に図書館で働きたいと考えている多くの人は講習を受け、資格を取得することを目指すのが一般的です。
2024年7月18日、司書の資格を取得することをめざす学生たちが通う2つの大学の授業で、ウィキペディアと地域アーカイブに関する特別講義を実施しました。求められた演題は「中等教育現場でのオープンデータ活用と地域アーカイブの課題について」……なんだか堅そうなお題です。
大学特別講義2024 -1/ 京都女子大学「図書館サービス特論」&同志社大学「図書館情報学特論」
ウィキペディアは、日本の大学をはじめ教育機関では2000年代から、主に図書館学や情報学などの分野で注目されてきました。卒業論文などの参考資料としてウィキペディアを参照する学生に対し、適切な情報リテラシーを身に付けてもらう手段として、ウィキペディアを編集する学習が行われた例は、その多くは指導者がウィキペディアのなかで自らの取り組みをアピールする必要性を感じなかったためか、あまり知られていませんが、各大学の紀要や様々な学会の論文を確認すると少なくとも日本だけで数十の事例を確認することができます。
2010年代後半には国がオープンデータ推進の指針を示し、地域アーカイブや情報の利活用の促進という観点からも、Wikipediaが注目されるようになってきました。観光学や国際関係学、法学部、経営学部といった一見ウィキペディア編集活動とは無関係のようにも思える学部でも、ウィキメディアについて学んだり、編集する機会が設けられています。以下に挙げるのは、そのほんの一例です。
- 実践女子大学短期大学部紀要(Online ISSN: 2434-4583) 第45号 ウィキペディア編集とメディアリテラシーの育成: 司書養成科目における実践の報告
- 京都女子大学図書館情報学研究紀要005 1-12, 2018-03-31 0151_005_001.pdf (kyoto-wu.ac.jp) ウィキペディアタウン東山 : 京都女子大学図書館司書課程におけるアクティブ・ラーニング実践
- 情報知識学会誌 23 (2), 185-192, 2013 ウィキペディア教育の経験 Teaching How to Edit Wikipedia
- E-journal GEO 13 (2), 534-548, 2018 公益社団法人 日本地理学会 大学初年次における「身近な地域」の調査とウィキペディア編集―奈良のならまちでの実践からみた有効性と課題―
- Diff 二松学舎大学文学部都市文化デザイン学科 大学教育におけるウィキペディアタウン活用の試みについて
- 中部大学人文学部コミュニケーション学科「情報文化プロジェクト」 「ウィキペディアタウン in 春日井 vol.1」参加者レポート
- 「観光情報学」で福知山市内のお店や施設を紹介するウィキペディアのページを作成 | 福知山公立大学 (fukuchiyama.ac.jp)
筆者のホームグラウンドは地方の小さな高等学校ですが、地域学習のツールとしてウィキペディアの充実を図りその仕組みを地域に構築したことで、数年前に日本で先進的な図書館活動を顕彰するLibrary of the Yearを受賞し、現在は同賞の選考委員のひとりとして全国の図書館や学術研究機関の取り組みに注目しています。今回講演・講義の依頼があった2大学の担当教授達も数年来の知り合いでしたので、フランクに来月いいかな?と依頼を受けて気安くOKしたのですが、大学の授業で、学校図書館司書としての実践報告ではなく、ウィキペディアエディタソンのための講習でもなく、ウィキペディアでの経験をもとに教育実践の話をするのは、よく考えてみれば私も初めての経験でした。
「さて、どうしよう?」と悩みはじめた、主な理由は2つ。まず、「大学生はウィキペディアをはじめ様々なオープンコンテンツをどう認識しているのか?」という現状把握がイメージできなかったことと、「将来、図書館司書となる可能性のある学生たちに、いま何を伝えておくべきか?」という点でした。そこで、まずは実際に大学で教鞭を執っている知人達にアドバイスを求めると、数日のうちに8名の大学教員らが全員オープンデータについて「絶対に説明したほうがいい」「説明するべき」と助言してくれました。「説明はあったほうが親切かもね」くらいの反応を予想していた私は、彼らの強い主張にとてもびっくりしたのですが、現在の大学生は生まれた時からWikipediaはじめ様々なオープンコンテンツがあるのが当たり前の環境で育ってきた年代であることで、逆に、当たり前に身近にあるものの意味を知らないまま利用することにはためらいがない学生が多く、大学教員達も課題を感じているのかもしれません。
Wikipediaを例に挙げるなら、編集の方針やガイドラインを知らないまま編集ボタンをクリックしているようなもので、実際にそのような新規ユーザーが多いことはWikipedia日本語版の課題でもあるので、エディタソンの講習でもほんとうは、オープンデータやオープンなウィキペディアというコンテンツが社会にどんな可能性をもたらすのか、という夢の物語を(多少は話すのですが)もっと丁寧に解説することが必要なのでは?とも考えました。
実際には、後に編集活動の時間を控えているエディタソンでは、なかなか講師が話してばかりというわけにはいかないものの、今回は大学生への講習なので、話の内容の半分くらいはオープンデータとフリー百科事典(と言われる)ウィキペディア(Wikipedia)の紹介と、その活用事例の紹介に重点を置くことにします。90分の講演のなかでは、次の2つの動画を視聴してもらいました。
- オープンデータって何だろう? ― 総務省が地方自治体に向けて作成した動画
- ウィキペディア#事実が重要(日本語版)
講義用のスライドを組み立てていくなかで、SNSなどでのウィキペディアへの批判にも多く目を通しました。その多くはウィキペディアの方針やガイドラインが世間にあまり理解されていないことによるものであることがウィキペディアンの視点からは明らかでしたが、それについて「知らない方が悪い」とみるコメントは意味が無いなと思いました。だれにでも「初めて知る瞬間」はあるし、例え学校教育で学んでいるようなことであったとしても、学んだことを100%習得できるような天才はごくまれです。繰り返し丁寧に教わったとしても、習得できる速度に個人差があることも当たり前と思い受け入れなくてはいけません。小学校で九九を覚えられるまで繰り返し教わるように、丁寧にケアされるウィキペディアの学校のような機能があるといいなと想像します。例えばChatGPTが質問に回答するように、AIがひとりひとりの状況に応じてウィキペディアの方針やガイドラインを紹介してくれるようなツールがあったら、それは学校の役割を果たすのではないでしょうか……などと夢想したりします。
例えばウィキペディア日本語版のメインページは、ウィキペディアについて「ウィキペディアは誰でも編集できるフリー百科事典です」と説明しています。英語版から翻訳されなかった「フリー(free)」という言葉には、元来2つの意味がありますが、その単語だけからウィキペディアが「無料の」百科事典であり、「無条件の」百科事典という意味ではないと正確に読み取ることはできません。講義では、インターネット上には様々な「オープン」や「フリー」なコンテンツが溢れ、なかには許諾も履歴継承も不必要なものもありますが、少なくともウィキペディアの執筆には一定の方針があり、ウィキペディアの情報の利活用には著作権状態の継承が必要です、ということを強調しました。
オフラインで導くことができる対象は、1回あたり、ほんの数十人と多くはありません。1回の講義で学生たちに浸透する内容も多くはありません。しかし、ゼロよりは確実に良い方へと前進できます。積み重ねていきたいと思います。
(京都の観光名所でもある同志社大学今出川キャンパス / Photo by 663highland, CC BY-SA 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0, ウィキメディア・コモンズ経由で)
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